第23話
☆☆☆
それから1時間ほど静寂が訪れていた。
隣から聞こえてくる穂香の呼吸音。
だけど眠っているような雰囲気ではなかった。
目を閉じて、ただ呼吸を繰りかえす時間。
本当ならそういう時間もあたしは好きだった。
なにもせずに、ただ疲れがジワジワと溶けていくような気がするから。
でも今は違う。
その眠れない時間は恐怖心から来るものだった。
胸の中に渦巻く恐怖は簡単にはぬぐえず、睡眠を妨げてくる。
あたしも何度目かの寝返りを打った、その時だった。
再びあの音が部屋の中に響きだしたのだ。
あたしと穂香が弾かれたように飛び起きたのはほぼ同時だった。
すぐに電気を付けて音の場所を確認する。
しかし、その必要はなかった。
3台のスマホはまたも穂香の枕元に移動してきていたのだ。
あたしがゴミ箱に捨てて、そのゴミ箱は廊下に出していたというのに……!
あれから眠れずにいたからわかっている。
この部屋のドアは誰も開閉していないということを。
現実的に考えて、スマホはここにあるはずがないんだ……!
「なんで? どうしてここにあるの?」
穂香に目には一瞬にして涙が浮かび、パニック状態に陥っている。
その質問には返事ができなかった。
どうしてなのか、あたし自身も誰かに聞きたかった。
あたしはゴクリと唾を飲み込み、鳴っているスマホへ手を伸ばした。
裏返った状態で鳴り響いて言えるソレを手に取ると、全身に冷や汗が滲んだ。
それでも確認したかった。
この画面上になにが表示されているのか……。
意を決してスマホをひっくり返し、画面を確認する。
その瞬間【ユミコ】という文字が目に飛び込んで来た。
「ユミコ……」
エマが言っていた人物の名前だ。
「誰それ!? あたし知らないよ!?」
穂香は画面に出ている名前を確認し、左右に首を振った。
「登録だってした覚えないよ! ユミコって誰!?」
スマホから逃げるように枕を抱きしめて叫ぶ。
電話はそのまましばらく鳴り続け、やがて静かになった。
音が止んで静寂に戻った瞬間、キーンという耳鳴りのような音が聞こえてきて顔をしかめる。
静寂が耳に痛いと感じたのは初めての経験だった。
「もう1度、ゴミに捨てに行こう」
あたしは3台のスマホを鷲掴みにして立ち上がった。
「いい!」
しかし、それを青ざめた穂香が引き止める。
「どうして? このままじゃ気持ちわるいでしょ」
「そうだけど、もう1度捨ててまた戻って来たら?」
そう聞かれてあたしは絶句していた。
1度は捨てたスマホが舞い戻って来たのだ。
また同じことが起こる可能性は十分にあった。
あたしは3台のスマホをテーブルの上に移動させると、中からバッテリーを抜き始めた。
「そんなことして、効果があるの?」
あたしの行動を後方から見つめて穂香が聞く。
「わかんないけど、でもなにかしないと……!」
電波もない、電源も入らないスマホが動いているのだから、バッテリーを抜いたって結果は同じかもしれない。
だけど、なにかしていないと落ち着かなかった。
あたしは3台すべてのバッテリーを抜くと、スマホの本体だけ引き出しの奥へとしまい込んだ。
スマホが見えなくなったことでひとまず安堵し、あたしは大きく息を吐きだしたのだった。
しかし、そんなことで簡単に逃れられるものじゃなかったことを、あたしと穂香は思い知る事になった。
30分ほど経過したとき、あたしたちは部屋の電気をつけっぱなしにして起きていた。
とても眠れる状態ではなかったし、暗闇が怖かったからだ。
時々他愛のない会話をする程度でほとんど会話もなかった。
そんな中……。
ゴトリ。
なにかが落下する音が部屋に聞こえてきてあたしと穂香は目を見合わせた。
嫌な予感が体中に駆け巡り自然と呼吸が浅くなっていく。
静まっていた恐怖心がジワリと顔を覗かせて、あざ笑っているような気がした。
そして、気が付いた。
テーブルの下にある3台のスマホに。
それを見つけた瞬間穂香が涙目になった。
「引き出しの中に入れたはずなのに」
あたしはすぐに立ち上がり、引き出しの奥を確認する。
しかし、そこには1台のスマホも入っていなかった。
なぜだか今の瞬間に3台ともすべてがテーブルの下に移動しているのだ。
あたしはゴクリと唾を飲み込んでバッテリーの入っていないスマホを見つめた。
その、瞬間……。
2台のスマホがけたたましく鳴り始めたのだ。
1台の時よりも大きな音で、まるで輪唱するように鳴り響く。
「ちょっと……どういうこと!?」
混乱している中で、もう1台のスマホが鳴り始めた。
部屋の中にこだまする着信音が鼓膜を激しく揺るがしている。
あたしは思わず両耳を塞いでいた。
そうしていなければ頭が痛くなりそうな激しい音。
「やめて……やめてよ!」
涙目の穂香が3台のスマホを確認して呟く。
その画面すべてに【ユミコ】の文字が表示されている。
途端にエマの言葉が蘇って来た。
『電話に出なきゃ、何度もかかって来るよ』
「電話に……出てみる?」
あたしは青ざめている穂香へ向けてそう聞いた。
穂香は一瞬大きく目を見開き、それからスマホへ視線を向ける。
3台のスマホはまだ鳴り続けている。
出ない限り何度も何度も穂香の前に現れ、そして鳴り響くのだろうか。
「出てみる」
穂香がゴクリと唾を飲んでそう言った。
そして、プリクラの貼ってある1台のスマホに手を伸ばす。
「スピーカーにしてね」
あたしが言うと穂香は1つ頷いて、電話に出た。
穂香が電話に出た瞬間、他の2台のスマホがピタリと鳴りやんだ。
恐ろしいほどの静寂があたしたちを包み込む。
「もしもし?」
喉に張り付きそうな声で穂香が言う。
その瞬間、電話の向こうから水の音が聞こえて来た。
チロチロチロと、微かに聞こえる音。
「もしもし?」
穂香は繰り返し相手に声をかけるが、向こうは返事をしなかった。
ただ水の音が聞こえてきて、そして突如赤ちゃんの泣き声が混ざるようになった。
オンギャアオンギャアと、必死で母親を呼んでいるような泣き声。
さすがに気味が悪くて、あたしと穂香は目を見交わせた。
悪い冗談だと思いたかった。
すぐに電話を切ってほしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます