第19話
☆☆☆
あたしの見間違いだったのだろうか?
ベッドの中のエマがあの女に見えたり、学校の隅に立っているように見えたり……。
思い出すだけで気分が悪くて、口数も少なくなった。
「ねぇ、今日ナナカの家に行っていい?」
穂香と2人で校門を抜けた時、そう声をかけられた。
「え?」
「今日、あたしの家両親が留守なの。でもなんか、1人でいたくなくて……」
3台のスマホが突如ゴミ箱から出てきたせいか、穂香の顔色はまだ良くない。
「うちなら大歓迎だよ! エマがいるから、ちょっとうるさいかもしれないけど、それでも良ければ」
あたしは穂香の手を握りしめて言った。
あたし自身、昨日の夜のようにエマを突き飛ばしてしまったらどうしようという、大きな不安があった。
だから、穂香からの申し出は素直に嬉しい。
「本当に? ありがとう!」
「ううん! どうせなら泊まって行ってよ! 穂香も1人じゃ心細いでしょ?」
「いいの? 邪魔にならない?」
「邪魔なんてとんでもない!」
あたしは大げさに首をふって見せたのだった。
それからあたしたちは一旦穂香の家に向かった。
制服を着替え、お泊りセットを準備して玄関から出てくる穂香。
あの古いスマホは全部部屋に置いてきたそうだ。
「ナナカの家にお泊りなんて初めてだね」
「そうだねぇ。エマはきっと喜ぶよ」
少し人見知りのあるエマだけれど、何度か会ったことのある穂香が相手ならすぐに打ち解けられそうだ。
☆☆☆
家に戻ってからは想像通り、エマと穂香はすぐに仲良くなった。
一緒にお絵かきをしたり歌を歌ったり、家の中は一気に華やかになった。
最初は青ざめていた穂香だけれど、エマと触れ合うことで徐々に顔色も良くなっていた。
「今日は突然お邪魔してすみません」
夕食の席になり、穂香は恐縮した様子であたしの両親に頭を下げた。
「別にいいのよ。娘が1人増えたくらい、どうってことないから」
お母さんは本当にどうってことないことのように言う。
実際、穂香は夕飯の手伝いなどもしてくれてあたしよりもずっと役立っている。
お母さんから『穂香ちゃんが娘だったらよかったのに』なんて言われる始末だ。
お父さんは少し緊張していた様子だけれど、ビールを飲むとすぐに顔が赤くなっていつもの陽気さを取り戻した。
最近はエマのことで気が重たかったから、あたしの家族にとってもいい気分転換になったみたいだ。
そして、夜が来た。
あたしのベッドの下に穂香用の布団を敷いて、あたしもその隣に布団を敷いた。
「ナナカはベッドで寝ればいいのに」
呆れて言う穂香に「ここがいいの」と、あたしは言った。
隣同士で寝転んでみると、新鮮な気分になる。
「ナナカが彼氏だったらなぁ」
「なに言ってんの」
そう言えば、最近はそういう会話をしていないけれど穂香は絶賛彼氏募集中だった。
「貴久とどうやって付き合ったのか教えてよぉ!」
「どうって……別に、普通だよ?」
貴久と出会ったのは高校の入学式の時だった。
みんな緊張した面持ちで体育館に集合した時、偶然隣の椅子に座ったのが貴久だった。
貴久は緊張していたあたしに積極的に話しかけてくれて、笑わせてくれたんだ。
「それって、貴久に一目ぼれされたってこと?」
あたしの話を聞いていた穂香がそう言った。
「そんなわけないじゃん」
あたしは慌てて否定する。
誰かに一目ぼれをされるような美人じゃないことは、十分に自覚していた。
「だって、最初からそんなに話しかけられたなら、ナナカに惹かれてたってことでしょう?」
「そ、そんなことないってば」
貴久はただ、あまりに緊張していたあたしを見て気にかけてくれただけだ。
今までずっと、そう思っていた。
「いいなぁ。一目ぼれかぁ」
「だから違うってば」
あたしが何を言っても聞いてくれそうにない。
遠い目をして自分と置き換えて妄想しているのがわかった。
穂香はしばらくそうやってうっとりと目を細めていたのだが……。
ゴトリ。
と、音がしてあたしたちは目を見交わせた。
ほんの少し前まで妄想に浸っていた穂香は、我に返ったように瞬きをしている。
「今の音、なに?」
そう言って部屋の中を見回す。
部屋の中にはあたしとナナカしかいないし、変わった様子も見られない。
棚から物が落ちたかな?
そう思って視線を本棚へ向けた時だった。
棚の下にソレがあることに気が付いてあたしは眉を寄せた。
近づいて、その中の1つを手に取る。
「これ……」
そう言い、手の中の物を穂香へ見せた。
「え、なんで?」
穂香は明らかに動揺し、慌ててあたしの隣へやってきた。
そして残り2台のソレを見つめて青ざめる。
「このスマホ、今日学校のゴミ箱から出て来たやつだよね?」
あたしが聞くと、穂香は何度も頷いて肯定した。
スマホの裏側を確認してみると、同じプリクラが貼ってあるのがわかった。
「だけど、ここに来る前に家に置いてきたよ」
穂香が早口で説明する。
「そうだよね……?」
その時はあたしも一緒にいたから、勘違いでもなんでもない。
穂香は確かに3台の古いスマホを自分の家に置いてきたはずだった。
「なんでここにあるんだろう……」
手の中のスマホを見つめて呟く。
「やだ、なんか気味悪い」
穂香の顔色は悪くなり、ブルリと強く身震いをした。
「どうする? 持って帰る?」
「嫌だよ。そんなの、もういらない」
スマホを自分から遠ざけるようにしてそう答える穂香。
「それなら、ゴミに出しちゃおうか」
ちょうど、明日は燃えないゴミの日だ。
うちの家庭ごみの中に入れてしまえばいいんだ。
そう考えたあたしは残り2台のスマホも手に持ち、立ち上がって部屋を出た。
後ろから穂香が付いてくる。
キッチンの勝手口から裏庭に出ると、お母さんが用意しているゴミ袋がある。
その中にあたしは3台のスマホを突っ込んだ。
なんだか気味が悪かったから、他のゴミに埋もれるように下へ下へと押し込んでいく。
「あら、なにしてるの?」
キッチンにやってきたお母さんにそう聞かれたので、あたしは曖昧に誤魔化した。
「それより、明日は燃えないごみの日だよね?」
「そうよ。そろそろごみ収集所の鍵が開いてるかもしれないわね」
「それなら、あたしが行ってきてあげるよ!」
あたしは咄嗟にそう言っていた。
ゴミをちゃんと自分の手で捨ててこないと、なんだか不安だったのだ。
「いいわよ。穂香ちゃんもいるんだから」
「あたしもナナカと一緒にゴミ出しに行きます。気分転換にもなるし、ね?」
「そうだよね。じゃ、行ってきます!」
遠慮しているお母さんをその場に残し、あたしと穂香の2人はつっかけをひっかけて外へ出たのだった。
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