第4話

☆☆☆


「穂香は幼稚園の頃の出来事って覚えてる?」



休憩時間中、あたしはふと気になって質問していた。



「あたしは保育園だったよ」



穂香がゲームを起動していたスマホから視線を上げて言う。



「そうなんだ。みんな、仲良かった?」



「どうだったかなぁ? 子供の頃って結構みんな色々な子と遊んだりしてたかも」



「その、遊んでた子から、変なことを教わったりした?」



あたしの質問に穂香は怪訝そうな顔になった。



「そりゃあ少しはそういうこともあったかもしれないけど……エマちゃん、なんかあったの?」



付き合いの長い穂香は、エマとも何度も会っていて一緒に遊んだこともある。



「うん……ちょっとね」



あたしは曖昧な笑顔で頷いた。



「ナナカが気にするくらいのことを教わってきちゃったってことかぁ」



「まぁ、そうだね……」



昨日のエマを思い出すと、どう考えてもおかしかった。



いつものエマじゃないと感じて、恐怖すら抱いてしまったのだから。



「でもさ、子供ってそうやって成長するもんでしょ」



穂香がなにかを悟ったように言う。



「外で色々な子と遊んで、いろんなことを学んで、成長するもんでしょ」



「やっぱりそうだよね……」



穂香の答えも貴久と同じだったみたいだ。



あたしは軽く息を吐きだした。



「ありがとう穂香、あたしの考えすぎだったみたい」



飽きっぽいエマのことだ。



昨日の妙な遊びにことなんて忘れて、きっと今日は別の遊びをしていることだろう。



そう思うことにした。



「問題と1つ解決してあげたから、いい男1人紹介してよね」



穂香はそう言うと、いたずらっ子みたいな笑顔を浮かべたのだった。



☆☆☆


穂香に男を紹介するのは冗談としても、それから先も恋話で盛り上がった。



せっかく高校生になったのだから、そろそろ彼氏の1人くらい欲しいという穂香の気持ちもよくわかる。



貴久と一緒にいるときの自分はやっぱりとても幸せだし、穂香にも同じ気持ちになって欲しいという思いはあった。



「穂香の場合、誰にでもすぐについて行っちゃいそうで怖いなぁ」



「なにそれ。あたしだって誰でもいいってワケじゃないからね?」



穂香にそう言われてあたしは苦笑いを浮かべた。



「本当に? 今の穂香なら誰でもいいって感じに見えるけど」



「そんなことないよ!」



ブンブンと左右に首を振った穂香は熱心に自分の好みのタイプを上げて行く。



年上で、免許と車を持っていて、ちょっと日焼けをしていて、アウトドアな性格で……。



「穂香、高校生のあたしたちが出会えるようなタイプじゃないと思うけど……」



免許と車を持っているという時点で難しい。



「ちょっと2人とも、そんなにいい男がいるの?」



そんな声に振り向けば、いつの間にか理香先生が立っていた。



両手いっぱいにプリントを持っている。



「理香先生も恋人募集中ですか?」



穂香が冗談半分でそう聞くと、理香先生は大げさにため息を吐いて「そうなのよぉ」と、肯定した。



「え、理香先生恋人いないの?」



あたしは目を丸くして聞き返した。



てっきり恋人くらいいるものだと思っていた。



「悪い?」



ジトッとした視線を向けられて、あたしは慌てて左右に首を振った。



最近じゃ生涯1人でいる人だって珍しくない。



「学生を相手にしてたら、いつの間にか婚期が遠ざかってたのよ」



理香先生は冗談めかしてそう言い、あたしと穂香に半分ずつプリントを押し付けて来た。



「じゃ、授業が始まるまでにそれ配っておいてね」



「あ、ちょっと理香先生!」



呼び止める暇もなく、理香先生は行ってしまったのだった。


☆☆☆


放課後になったとき、すぐに穂香が声をかけてきた。



「ナナカ。今日どこか遊びに行かない?」



「ごめん穂香。今日はエマのお迎えを頼まれてるの」



時々、お母さんに用事が入って迎えに行けない時はあたしが幼稚園に行くことになっていいる。



ちなにみ、明日もお迎えに行く予定が入っていた。



「あ、そっか。それじゃ仕方ないね」



穂香はすぐに引き下がる。



「また今度遊びに行こうね」



穂香に声をかけて教室を出たところで、後ろから貴久に声をかけられた。



「これからお迎え?」



「うん」



隣を歩く貴久に、思わず歩調が緩くなった。



早く迎えに行ってあげないとエマが待ちぼうけを食らってしまうとわかっているのに、貴久のとの時間を長くしたいと思っている自分がいる。



「今日、俺もついて行っていい?」



「え?」



突然の申し出にあたしは目を丸くして貴久を見た。



「エマちゃんの様子も気になるしさ」



あたしが今朝話したことを、ちゃんと気にしてくれていたみたいだ。

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