第23話:絶縁

新名内蔵助、今は安土城の今井屋敷に滞在している。数日前に、俺を襲った若侍は奉行所の厳しい取り調べを受けている最中であり、俺たちは信長の命で安土へ滞在することになったのである。安土城下で信長が招いた客人に刃傷沙汰を起こしたのだ。無事では済まされないだろうと思いつつ、何やら胸騒ぎを感じた


「内蔵助、あの若侍はお前が斎藤利三と知って斬りかかってきたのか。」


「えぇ、私の事を知っているということは、私が美濃にいた頃でしょう。」


「うん、じゃがお前は上様から直々に暇をいただいているのであろう。だったら、なぜ?」


それは俺が聞きたいくらいだ。そんなこんなで屋敷に滞在していると、茂助がやってきた


「旦那様、内蔵助様に会いたいという御方が参られました。」


今度は誰だよ・・・・


「誰が来たんだ?」


「はい、稲葉良道と言えば分かると・・・・」


「何!」


訪ねてきたのは前妻、安の父であり、元舅の稲葉良道、今は稲葉一鉄といった方がいいだろう


「一体、何をしに来たんだ。」


最後に会ったのは暇を貰い、美濃を出る前にバッタリと鉢合わせとなり、二度と面を見せるなと罵られた事が昨日の事に思える


「内蔵助、今度はワシも参るぞ!」


そこへ現在の舅である今井宗久が立ち上がった。稲葉一鉄がやってきたのを知った宗久は一言文句を言うようである


「舅殿、相手は名うての頑固者、一筋縄ではいきませんよ。」


「相手が頑固者だろうが何だろうが、内蔵助はうちの娘婿だ、今さら何をしに来たと啖呵を切ってやるわい!」


宗久は完全に臨戦態勢に入った状態だ。こうなればいくら言っても聞かないだろう


「分かりました、ですが、程々にお願いします。堺には幸松やお香が待ってるのですから。」


「・・・・分かった。」


幸松とお香の名を聞いた途端、さすがに冷静になった。相手は武勇に優れた稲葉一鉄、恐らく実力行使に出る可能性がある、念のために稲葉一鉄の太刀と脇差を預かった上で話し合おう。俺と宗久は稲葉一鉄のいる客間へ向かっている。一鉄から太刀や脇差を預かった事を確認し、一鉄のいる客間に到着する


「失礼します。」


俺は一声かけ、入ると、そこには坊主頭で顔や手には傷があり、眼光鋭く歴戦の猛者の風格を漂わせた元舅、稲葉一鉄の姿があったがどこか焦燥しきっていた


「お久しぶりです、稲葉様。」


俺は挨拶をした後に、宗久とともに着座した。さて、一鉄はどうでるかなと、待ってると、一鉄は突然、俺に土下座をした


「えっ(あの一鉄が土下座!)」


俺はもちろん、宗久も稲葉一鉄が土下座する姿に度肝を抜いた。俺と宗久は、あまりの事に呆気に取られていると・・・・


「内蔵助殿にお願いしたき事がござる、どうか稲葉・斎藤両家をお助け願いたい!」


一鉄の第一声が、稲葉・斎藤両家を助けろだと、あまりの事に俺は再び呆気に取られたが、冷静になり問い詰めた


「稲葉・斎藤両家を助けよとは、どういう事ですか?」


「うむ、実は・・・・」


話を聞くと、何と俺を襲ったのは、俺と安との間にできた息子の利康と利宗だった。利康は、斎藤利賢の養継嗣(嫡孫の相続)、利宗は稲葉家の一員として活動していたが、此度の刃傷沙汰で、御家の危機なのである。本当は斎藤利賢も来るはずだったが、病にかかり、動けなかったのである


それを聞いた宗久は激怒した。ここからは宗久と一鉄の口論が始まった


「稲葉様、それはあまりにも虫がよすぎではありませんか!もはや内蔵助と御両家とは絶縁の身にございます。それを今さら、両家を救えとは!」


「元より、無礼は承知の上、藁にもすがる思いにて恥を忍んで、参った次第。」


「それにその2人を差し向けたのは、不躾ながら稲葉様では?」


「それは断じて違う!ワシもあまりの事に驚いた。決して内蔵助殿の命を狙おうなどと思ったことはない!」


「では此度の刃傷沙汰は2人の独断と言うことですかな!」


そう言うと一鉄は黙りこくってしまった。俺は宗久を制し、俺は口を開いた


「不躾ながら、私が安を離縁したことで稲葉様は私の事を怨んでいたはず、その怨みを利康殿や利宗殿に向けたのでは・・・・」


「いや、ワシとて実の孫に対して、怨みを向けるなどとは・・・・」


「ですが一族の中には私に対する怨嗟と陰口があったはず、それを利康殿と利宗殿にも悪影響を及ぼしたのでは?」


俺はそう言うと、一鉄は、また黙りこくってしまった。今にして思えばあり得ぬ話ではない。俺自身、斎藤利三が歩む運命から逃れたくて、商人になったけど、結果として我が子に刃を向けられるとは・・・・


「今にして思えば、斎藤道三様は我が子、義龍様に討たれ、どのような気持ちだったのでしょうね。」


俺がそう言うと、一鉄の表情が曇った。かつて一鉄は義龍の側につき、道三を討伐した過去がある。もちろん俺も人の事は言えないが・・・・


「・・・・全てはワシの不徳の致すところじゃ。だが家を残すためには、黒を白とせねばならぬ事もあるのじゃ。」


「・・・・稲葉様、もう私は斎藤利三ではなく、今は新名内蔵助です。もはや両家とは関わりなきこと。どうかお帰りくださいませ。」


「待ってくれ!武士の情けがあっていいではないか!内蔵助殿は血を分けた我が子が死罪に処されてもよいのか!」


「確かに私の都合で別れた事は、私自身の不徳の致す所にございますが、血の繋がった我が子に刃を向けられて、平気な人がいますか!」


「・・・・すまない。」


俺は感情を爆発してしまった。俺としても溜まりにたまった積年の思いが噴出した。絶縁したなら、もう関わらなくてもいいじゃないか!斎藤利三の人生って何なんだよ!なんでこんなアンラッキー男に転生したんだよと俺は心の中でもがき苦しんだ。だが俺は完全な絶縁をするために一鉄の懇願を受け入れた


「はあ~、分かりました。私が上様に言上いたします。」


「いいのか、内蔵助!お前を絶縁した一族だぞ!」


「もちろん完全な絶縁のために、やるんです!金輪際、関わらないためにね!稲葉様、言うだけ言いますが、どうなるか覚悟はできてますね!」


「・・・・あい分かった。内蔵助殿に全てお任せいたす。」


一鉄の許可が出たところで、俺は安土城へ向かった。信長の側近の堀秀政に取り次いでもらい、御殿にいる信長に対面した


「利三、いかがした?」


「上様にお願いししたき儀がございます。」


「苦しゅうない、申せ。」


「はい、私に刃を向けた斎藤利康及び稲葉利宗の助命をお願いしたく参上いたしました。」


それを聞いた信長は驚いた表情で俺を見つめていた。まさか実の子に刃を向けられたにのも関わらず助命を求めるなど・・・・


「なぜ2人を助ける、お前の命を狙ってきたのだぞ。」


「此度の出来事に至りましては全ては私の不徳の致すところにございます。さればこそ、2人をお許しねがえませんでしょうか。」


信長は内蔵助が何か考えがあって、会いに来たことを感じ取った。実は稲葉一鉄が安土に来たという情報が入ってきた。恐らく一鉄が内蔵助に命乞いをしにきたのだろう。下手をすれば斎藤家と稲葉家、両方断絶になる可能性があったからだ


「まことを申せ、一鉄の命乞いがあったのであろう?」


やはり信長は一筋縄ではいかない、恐らく忍びを使って、知ったのだろう


「それもございますが、私としても、前の妻と離縁したとはいえ、血の繋がった我が子には変わりありません、何卒、お許しのほどを。」


「そうか、そちが言うなら、両名を許してやろう。2人は出家の上、美濃にある寺に預けることとする。」


「ありがたき幸せ!」


「ただし、六男、織田信秀を稲葉一鉄の養継嗣とする。また我が甥である織田信兼を斎藤利賢の養継嗣とする。嫁は斎藤・稲葉両家から嫁がせよ。」


信長は利康・利宗両名の命や斎藤・稲葉両家の存続を約束するかわりに、自分の息子と甥を後継ぎとして斎藤・稲葉両家を継がせる魂胆である。かつて毛利元就が、吉川・小早川家に自分の息子を養継嗣として送ったように・・・・


「・・・・承知しました。」


俺はそのまま今井屋敷へ戻り、屋敷にいた稲葉一鉄に此度の裁断を伝えた。稲葉一鉄は苦々しい表情を浮かべたが、背に腹は代えられぬと思い、断腸の思いで受け入れた


「内蔵助殿、此度は感謝いたす。」


「稲葉様、これで我等は赤の他人です、よろしいですね。」


「・・・・承知した。」


その後、利康と利宗は出家し、美濃国にある寺に預けられることになったが、利康は自分のせいで斎藤・稲葉両家が乗っ取られたことを後悔し、自害しようとしたが未遂に終わり、監視をつけられた。その一件からか利宗も監視をつけられ、身動きが取れない生活を送ることになった。斎藤・稲葉両家は、織田信秀と織田信兼を養継嗣に迎え、斎藤・稲葉両家は織田家に乗っ取られ、美濃織田家と名乗った


「これで良かったのでしょうか。」


「これは上様のご裁断だ、お前もやれる事はやったんだ。」


俺はモヤモヤした気分を残しつつ宗久とともに堺へ帰るのであった







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