外伝4:納屋助左衛門
新名内蔵助だ、天下統一し、俺は今、織田信長の御伽衆として仕えている。信長からの数々の難題を解決しつつ、良くも悪くも充実した毎日を送っている。そんなある日、俺の下にある商人がやってきた
「旦那様、お久しゅうございます!」
「久しぶりだな、助左(すけざ)、元気にしていたか。」
「はい、おかげ様で!」
俺の前に現れたのは助左、本名は納屋助左衛門。俺の経営する新名屋が軌道に乗ったころ、俺の下で奉公人として働いていたのが、助左こと納屋助左衛門だ。性格は謹厳実直かつ豪胆、船乗りになって異国と商売したいという夢があり、堺で作られた国産ガレオン船に乗って、明・朝鮮・琉球・高山国・ルソン等で商いをしている。現在は俺から独立し、ルソンの産物を日本国内で売っているらしい。俺は屋敷に招き、用件を聞いた。すると助左は木箱から開けて、一つの壺を取り出した
「その壺は?」
「はい、ルソンにて持ち帰ったルソン壺でございます!」
「・・・・その壺をどうするんだ?」
「はい、上様に献上しようと思っています!今日、訪れたのは上様に取り次いでいただきたいのです!」
おいおい何を言ってるんだ、このガキは!それってルソンの日常生活品(現地人の便器)じゃねえか!俺、一度、ルソンの壺を見た事があるんだ、騙されねえぞ!
「・・・・断る。」
「えっ!なぜですか!」
「その壺、一度だけ見たことがあるんだよ、現地では便器として使用してるって。」
俺がそういうと、助左の眼が泳ぎ、冷や汗をかいていた。もし、これを信長に売って、後で現地の便器だってばれたら、俺まで首が飛ぶじゃねえかよ!
「お前、分かってるのか!それが便器だって、ばれたら俺たちは間違いなく首が飛ぶぞ!」
「も、申し訳ありません!」
助左は壺を置き、土下座をした。こいつ、鼻からタダ同然の壺を高値で売りつける気だったのか!全く油断も隙もない!
「おい、他にもあるだろ!ルソンの産物は!」
「あ、はい。蝋燭、麝香(じゃこう)、真壺、唐傘、香料等がありますが・・・・」
「あるじゃねえか!ルソンの香料にしとけ!上様はお香を嗜むんだ!それを持ってこい!今すぐに!」
「ハイイイイイイイイ!」
助左は大坂の新名屋敷を出てから、数日が経ち、助左は再び新名屋敷へ訪れた。ちゃんとルソンの香料を持参して。俺はその香料がどんなものか調べるべく、助左に香を炊くよう命じた
「とりあえず、どんなものか確かめるから、香を炊け!」
「はい!」
早速、用意した香炉にルソンの香料を入れ、加熱させた。そこから甘い香りが漂い始めた。俺は香道の作法に則り、ルソンの香料を嗅いだ
「うん、これは良き香りだ。」
「はい、ルソンで上等な物を用意しました。」
「はあ、最初から、これにすれば良かったのに、お前は欲を掻きすぎだ。」
「すいませんでした!」
再び助左は土下座した。本当に無駄な労力を使うくらいなら、ちゃんとしろって言いたいくらいだ。何年、俺の下で働いていたのか、恥ずかしくなるくらいだよ、全く。俺は助左とともにルソンの香料を持って、大坂城へ訪れた。俺は側近の森成利と掛け合い、拝謁の許可を取りつけた。許しを得て、まず俺が先に信長に拝謁した
「利三、今日はどうした?」
「はい、実はかつて私の下で奉公していた男が、是非、上様に献上したき物があると申しておりまして、拝謁のお許しをいただきたいのです。」
「ふむ、許す。」
「ははっ!納屋助左衛門、入れ!」
「は、ははっ!」
納屋助左衛門は多少、緊張しながらも、信長に拝謁した。信長は助左の持つ品に興味を抱いた
「そちが納屋助左衛門か、献上したき物はなんだ?」
「はい、この香料でございます!これはルソンにしかない上等な香料にございます!」
助左は桐箱からルソンの香料を取り出した。信長はルソンから取り寄せた香料に興味津々だった。なんせ、東大寺正倉院に保管されている高級品の香木、蘭奢待(らんじゃたい)を切り取ったくらいである。俺も一度、蘭奢待を見せたことがあるが、この木の破片から芳香を放つのかと疑問を抱いたが・・・・
「うむ、早速、ルソンの香料を炊け!」
「ははっ!」
信長の命で森成利が香炉を持ってきて、助左に渡した。助左は香炉にルソンの香料を入れて、加熱し、高炉から甘い香りが部屋に漂い始めた。森成利は香炉を信長の下で持っていき、信長はルソンの香料を嗅いだ
「うむ、良き香りじゃ。」
「ははっ、畏れ入りまする!」
「ルソンにも優れた産物があるのだな。気に入った、納屋助左衛門、ルソンの産物、良きものがあれば、買い取ろう!」
「ははっ!ありがたき幸せにございます!」
どうやら上手くいったようだ。俺も首が飛ばずにすんだよ。その後、納屋助左衛門はルソンの産物を信長だけではなく、各大名にも売り、巨万の富を築いた。さすがにルソン壺(便器)を売るなとは忠告はしたが。ある日、田中与四郎にある物を見せたいと招待された。見せたい物とは、助左が俺に見せたルソン壺だった
「与四郎様、その壺。」
「ああ、納屋助左衛門からいただいたルソン壺だ、茶壺として使っているんだ。」
「そ、そうですか。」
あの野郎、ルソン壺、売るなっていたのに早速、忠告を無視しやがった。便器だって分かったら、どうするつもりだったんだ!
「内蔵助殿は、このルソン壺を御存知かな?」
「え、ええ。納屋助左衛門に一度、見せてもらったことがあったので・・・・」
「そうですか、なかなか風情があって、きっと高価な品に違いない。」
違います、それは便器です。俺は心の中で突っ込み、今さら便器だとは言えなかった。その後、ルソン壺は田中与四郎の影響か、俺以外の豪商だけではなく、大名、文化人、公家等にも広がり、高値で売られていった。巨万の富を築いた助左は次第に増長しはじめ、豪奢な暮らしぶりをするようになり、幕府に目をつけられた。俺は助左に生活を改めるよう忠告した
「助左、いい加減にしろ!幕府から目をつけられるぞ!」
「旦那様、私は商人です、商人は儲けるのが商売です。儲けて何が悪いのですか?」
「そうではない!お前が身分不相応の暮らしをしていることが問題なんだ!」
「どのように暮らそうが私の勝手です。放っておいてください。」
「助左!」
「もしかして旦那様、私に嫉妬しているのですか?私が儲けている事に!」
「何を戯けた事を申しておるのだ!」
「旦那様だって、上様にお仕えするのは栄耀栄華を極めたいから仕えているのでしょう?それを咎めだてするのは筋違いです。」
「違うわ!この国を変えるべく上様にお仕えているのだ!栄耀栄華のためではない!お前と一緒にするな!」
「そうですか、旦那様は立派ですな、私にはとても真似できませぬ。そういうことなので、どうぞお帰り下さい、私は旦那様と違って暇ではないんです。」
「くっ!勝手にしろ!」
俺は立ち上がり、そのまま屋敷の玄関げと向かった。助左が見送りをしようとしたが、断り、そのままで出ていった
「ふん、妬み嫉みは世の常とはいえ、あれはないですな。」
さすがの俺も忠告をしたが、改める様子がなかったので、俺は助左を見捨て、将軍、織田信忠にありのままを報告した。知らせを聞いた信忠は激怒し、ついに納屋助左衛門を処分することにした
「許せん!成り上がりの商人の分際で幕府に逆らうとは!邸宅と財産は没収だ!」
慶長3年(1598年)に、納屋助左衛門は身分不相応の華美な暮らしをしたことを咎められ、織田信忠から身分をわきまえずに贅を尽くしすぎるとして邸宅と財産を没収の処分を受けることになったが、助左は事前に察知して邸宅や財産を菩提寺の大安寺に寄進して、ルソンへ逃亡したという。それを知った織田信忠はどうする事もできず、地団太を踏み、ついに国外追放・日本国及び日本国植民地への帰還及び渡航禁止令が出され、納屋助左衛門は永遠に日本の地を踏めなくなったのである
「まあ、アイツなら何とかなるだろう。」
風の噂で助左はカンボジアで頑張っているらしく、カンボジアに侵攻したイスパニアの軍を退け、カンボジア国王の信任を得て、再び豪商に返り咲いたらしい。しかし日本での納屋助左衛門の罪もあってか、カンボジアで暮らしているらしい、俺にはもう関係ないが・・・・
「帰りたい。」
そのころ納屋助左衛門はひたすら故郷である日本へ向いて、そう呟くのであった。納屋助左衛門はそのままカンボジアにて生涯を閉じるのであった
その後、俺と助左は一度も会うことなく、互いに喧嘩別れしたまま生涯を終えるのであった
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