第26話:滅亡

高天神城陥落後、裏切りが相次いだ。武田一門衆である木曽義昌と穴山梅雪が織田・徳川連合軍に寝返ったのである


「おのれ義昌、梅雪。」


勝頼は一門衆である義昌と梅雪の裏切りに怒りを覚えた。他人なら仕方がないが、身内である一門衆から裏切者が出たことで、離反者が続出したのである。そんな勝頼の下へ妹の松姫が訪ねてきた


「おお松、如何した?」


「兄上、私を織田の下へ人質として送ってください。」


妹からの人質になることを願い出たことに、勝頼は驚きを隠せなかった


「松、そなた自分が何を申しておるのか分からぬのか!」


「元より存じております。織田方の総大将は許嫁の織田信忠様、私が行って信忠様を説得して見せます。」


「ならぬ!それは断じてならぬ!もはや戦は始まってしまったのだ!」


「だからこそこの戦を止めるべく、私が人質へ行くのです!」


「ならぬ!誰か松を連れていけ!」


勝頼の命で侍女たちが松姫を連れていった。松姫は何か叫んでいたが、もはや勝頼の耳には届かなかった


「そうだ、北条に援軍を・・・・」


勝頼は北条に援軍を要請しようと考えたが、ある事を思い出した。それは謙信の死後、上杉景勝と上杉景虎による後継者争い【御館の乱】が起きたのである。勝頼は北条より景虎救出のための援軍を要請し、勝頼は兵を率いて越後へ攻めいったが、景勝側の買収工作に乗ってしまい、甲斐へ引き上げてしまった。結果として景虎は自害し、景勝が後継者となったのである。これに激怒した北条は武田と縁を切ったのである


「いや、お鶴(仮名)を返せば・・・・」


お鶴とは北条氏政の妹である北条夫人である。武田と北条の同盟を復活させるためにお鶴が勝頼に嫁いだのである。勝頼はお鶴に北条に返すことを条件に援軍を要請しようと考えていたが、お鶴は・・・・


「御屋形様、いつからそのように弱気になられたのですか!兄は身内を大切にする御方です。先の合戦で兄である景虎が戦死した際、兄は激怒しました。それをお忘れですか!」


それを聞いた勝頼は、はっと気付かされるのである。確かに武田は景虎を見殺しにした事で縁を切られた。もはやこれまでと思い、お鶴に北条の下へ帰るよう伝えたら・・・・


「お断りします!私は御屋形様の妻です。何があろうとも御屋形様のそばを離れるつもりはございません!」


お鶴の決意に勝頼は心が不思議と晴れた気分だった。もはや覚悟を決めた勝頼は松姫を呼んだ


「松、先ほどは済まなかった。やはりそなたを信忠の下へ差し出す。」


「兄上、必ずや兄上の御命をお助けして参ります‼️」


「いや、そなたの役割は信忠の妻となり、武田の血脈を残すことだ。我等の事は忘れよ。」


「兄上・・・・」


「済まなかった、そして幸せになっておくれ。」


勝頼と松はこれが今生の別れとなる。後に信忠の陣に武田の使者が現れ、松姫を差し出す事を伝えた。信忠は武田討伐の他に松姫を探すことも彼の目的であり、その条件を飲んだのである。そして攻撃は一時、停戦になり、松姫が信忠の下へ訪れた


「そなたが松か?」


「貴方様が信忠様にございますか?」


手紙でのやり取りから歳月が流れ、2人は再会したのである


「無事で良かったぞ、松!」


「はい、兄は武田と運命を共にする覚悟にございます。私には幸せになるよう言伝てがございました。」


「そうか・・・・松、やはりそなたは兄を助けたいか。」


「もはやその望みは捨ててございます。どうか私に遠慮は御無用にございます。」


「・・・・済まない。」


松姫が信忠の下へ訪れたと同時に戦は再開した。特に高遠城を守っていた勝頼の異母弟、仁科盛信は決死の覚悟で奮戦していた


「良いか、ここを死に場所と心得よ!」


仁科盛信の叱咤激励により城兵は死力を尽くして戦ったが、フランキ砲や焙烙火矢の前で続々と戦死者を出し、ついに仁科盛信も焙烙火矢の餌食となった


「む・・・無念。」


そう言い残し、息を引き取ったのである。一方、甲斐の恵林寺に逃げ込んだ六角義定を引き渡すよう恵林寺に命じたが、拒否され、信忠は恵林寺を焼き討ちにした


「心頭滅却すれば火もまた涼し」


快川国師はそう言い残し、恵林寺とともに炎に包まれたのであった。その頃、新府城にいた勝頼は戦評定にて真田昌幸、もしくは小山田信茂から岩櫃城、もしくは岩殿城へ避難という案が出されていた


「御屋形様、どうか岩櫃へ御越しください、真田が命に代えてお守りいたします!」


「御屋形様、岩殿へ御越しください!身命を賭してお誓いいたしまする!」


勝頼は少し考えたいといって、妻のお鶴、息子の武田信勝の基へ向かった


「お鶴、信勝、岩櫃と岩殿へ避難という案が出ているが、お前たちはどうする?」


「御屋形様の指示に従います。」


「某も父上に従います!」


「そうか、なら岩殿へ行くか。」


勝頼は甲斐を離れることはできず、甲斐を死に場所と決めていた。勝頼は信茂に命じて出迎えの準備をさせた。そして軍を発し、岩殿へ向かったが、途中で岩殿へ行く道が封鎖されており、勝頼は信茂が裏切った事を知った


「やはりワシは運がなかったようだ。」


勝頼は最後に死に場所を求め、天目山へ向かっていた。その背後から滝川一益の兵が押し寄せ、残った武田の兵士たちは奮戦した。勝頼は妻のお鶴と息子の信勝とともに自害した


「父上、申し訳ありません。」


こうして清和源氏から連なる名門、武田家は終焉を迎えた


「兄上、おさらばにございます。」


勝頼の死を知った松姫は遠い甲斐国に向かって手を合わせ、冥福を祈ったのである。後に信忠は信長を説得し勝頼を丁重に葬った。後に裏切った小山田信茂は斬首の刑に処され、晒し首になったのである。真田昌幸は織田信忠に降伏し、上州の沼田や岩櫃を取り上げられたが、滝川一益の与力として家を存続できたのであった




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