第25話:前哨戦

1581年、ついに武田討伐が始まった。信長は武田の息の根を止めるべく、乗り出したのである。総大将は織田信忠、戦目付は滝川一益とし、岩村城を攻めた。岩村城は武田家武将、秋山虎繁と信長の叔母であるが、武田に降伏したおつやの方が守っていた。要害堅固を誇る岩村城だが、高台からフランキ砲の雨が降り注ぎ、城内は阿鼻叫喚にあふれていた。虎繁とおつやは気丈に振る舞い、皆を落ち着かせようとしたが、状況が悪くなる一方だった


「これは降伏するしかないか。」


「なりませぬ、信長は我等を許しはしません!」


弱気になる虎繁に、必死で支えるおつや、そんな中、1発の砲弾が2人のいる部屋に直撃した。その弾丸は2人を捉えた。近くで轟音が鳴り響いたのを聞いた家臣が駆け付けると、既に虎繁とおつやは無残な姿となって、息絶えていた


「もう、おしまいだ。」


城主と妻が亡くなった事で、城方は降伏した


「うっ!」


「これはひどい。」


「父上にどう報告する、一益。」


「ありのままを報告しましょう。」


信忠と一益は変わり果てた虎繁とおつやの姿に思わず目を背けてしまった。虎繁とおつやが死亡したことを信長に知らせた


「つやめ、ワシを裏切ったからこんなことになったのだ。」


かつて、おつやは岩村城の女城主として武田と戦っていたが、秋山虎繁から降伏勧告を受け入れ、後に秋山虎繁の妻となった。信長の五男、御坊丸、後の織田勝長を武田の人質として差し出したことで、信長は激怒し、生け捕りにしたうえ、磔にしてやろうと考えたが、それよりも無残な最期を遂げたことで、信長の怒りが解けたのである


「岩村城が落ちただと!」


知らせを聞いた勝頼はあまりにも早く岩村城が落城した事と、秋山虎繁が戦死したことで、軍を編成し、迎え撃つこと準備をした。それと同時に和睦の証として織田勝長を信長に返還したが、信長はこれを黙殺した。そんな中、徳川家康は信長と共同で出兵し、高天神城を攻め始めた。長篠の戦い以降、徳川は反撃を開始し、高天神城周辺の城や砦を次々と落としていった。眼前に迫る徳川軍に高天神城を守っていた岡部元信・横田尹松・江馬信盛・孕石元泰等がこれを迎え撃った。攻める徳川軍は5000、対する城方の武田軍は600、数の上では徳川は有利だが、士気においては武田の方が勝っていた


「かかれええええええ!」


家康の号令の下、高天神城攻めが開始された。信長から「高天神城の降伏を許さないように」と釘を刺されており、家康はそれを実行していた。信長は勝頼が高天神城を見殺しにした形で武田家の権威を失墜させようと画策したのである


「元信殿、ここは御屋形様に援軍を要請しよう!」


「そうじゃ、援軍さえ出せば、我等にも勝機がある。」


「元信殿!」


江馬信盛・孕石元泰等は武田に援軍を要請しようとしたが、横田尹松は反対した


「各々方、敵は何も徳川だけではない、岩村城辺りから織田方の侵攻がある。そんな中、援軍を送れる訳がないではないか。」


「しかし!」


「もはやこの城は孤立無援の状態じゃ、勝ち目はない。」


それを聞いた2人はがくんと項垂れた。そんな中、勝頼から密書が届いた。岡部元信は密書を先に読んでいると、密書の事を知った横田尹松・江馬信盛・孕石元泰等が駆け付けた


「御屋形様からの密書が届いたと、聞いた!」


「うむ、援軍を送るそうじゃ。」


「おお、これぞ天の助けじゃ!」


「そうだな・・・」


「ワシが書状を描こう、皆の名を書いてほしい。」


元信は将兵らの名を記し、将兵らを退出させたが、横井尹松だけは帰らなかった


「元信殿、やはり援軍はよそう。」


「尹松殿!今さら何を!」


「元信殿、冷静に考えてもみよ、敵は何も徳川だけではない。もはや高天神城は風前の灯のようなものだ。」


「尹松殿・・・・」


「御屋形様への返書はワシが書こう。」


横田尹松は手紙を書いた。内容はもはや援軍を送っても勝ち目がありません、それゆえ援軍は無用、高天神城は捨てるべきと書き、勝頼の下へ送った


「許せ・・・・」


岡部元信は泣く泣く密書と自分の書いた書状を燃やし、ここを死に場所とする事を決めた。徳川の猛攻に耐えながら、城兵たちを叱咤激励した


「皆の者、もうすぐで援軍が駆け付ける!それまで持ちこたえよ!」


徳川軍の方も死力を尽くして高天神城を落とそうとしていた。実は信長が派遣した福富秀勝・猪子高就・長谷川秀一・西尾吉次からなる側近集を家康の陣に派遣し、視察と戦略の甘さを指摘されており、家康としてもここで徳川の本気を知らしめるために多大な犠牲を覚悟に臨んでいたが、福富等からそこまでしなくもいいと言われ、兵糧攻めに転じたのである


「また餓死者が出たか。」


徳川方の兵糧攻めにより、多くの餓死者を出していた。江馬信盛ら生存の城兵たちはささやかな宴を催し、夜襲を仕掛けようとした。イチかバチかの大勝負である。そして岡部元信ら率いる城兵は夜の闇夜に紛れ、徳川方の石川康通の陣営に夜襲を仕掛けた。大久保忠世・大須賀康高らが駆け付け、乱戦となった。岡部元信は奮戦したが、多勢に無勢、岡部元信と688人の命が散ったのである


「今じゃ!攻めかけよ!」


岡部元信を討ち取った後に、本多忠勝・鳥居元忠・戸田康長らが突入し、高天神城は陥落した。横井尹松は運よく脱出し、甲斐へ逃した。江馬信盛は最後まで抵抗し、最期は戦死したのである。そして孕石元泰は城を脱出することに成功したが、運悪く徳川方に見つかり、捕縛された。そして孕石は家康と対面したのである


「久しぶりだな、孕石。」


「はい、お久しゅうございます。」


「昔を思い出すな、ワシが人質であったころ、お主の屋敷が隣であったな。ワシの鷹がお主の屋敷で糞やら餌やらでワシによく苦情を言ってきおったな。」


「・・・覚えております。」


「その時、お主はこういった。その方、人質の分際で鷹狩とは笑止千万とな!あの小憎らしさは今でも忘れられぬ、本来ならば磔にしてやりたいところだが、武士の情けで切腹させてやる。」


「・・・・分かりました、腹を切ります。」


元泰は極楽があるという西方向ではなく、南の方向に向かって、切ろうとした


「おい、極楽はそっちではないぞ。」


「もはや死ぬのです、方向など無用。」


そういうと孕石は割腹し、果てたのである。この高天神城の戦いで勝頼が援軍を出さなかったことで武田家に仕える国人衆たちは、勝頼は自分たちを捨て石にすると思い込み、続々と織田・徳川連合軍に寝返るのであった




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