第6話:初商売
商人、新名内蔵助だ。1570年に浪人となり、堺に到着、今井宗久の下で商いを学び、1573年の現在、やっと自分の店を持つことができた。そして俺は奉公人の教育を始めた。まず子供たちに商品作りの他に文字の読み書きや算術を学ばせた。成人したら、ここで働くか、もしくは別の道を歩めるようにしている。女たちは石鹸作りや真田紐作りを指導し、そして徐々に数を増やしていっている。さて成人男性である伝兵衛なのだが・・・・
「伝兵衛、お前、元は忍びだったのか。」
「へえ、忍びの仕事をしていましたが、運悪く捕まり、奴隷になっていました。」
「そいつは災難だな。」
「旦那様、商人になる前は武士だったでしょ?」
「ほお、よく分かったな。」
「ええ、武士特有の気風が感じられます。」
あらま、やっと商人になったと思ったら、根っからの武士としての気風が消えていなかったか。まあ、危険な任務で武士としての自分が現れたのかもな
「それで、あっしは何をすればよろしいので?」
「ああ、お前には商いの他に忍びの仕事をやってもらおうと思ってな。もちろん情報収集だ。」
「随分と変わっておりますね、多くの武士は我ら忍びの事を忌み嫌うのに。」
「他の奴らは知らないが、俺はお前たち忍びの重要性を知っている。情報こそが戦場で生き残るカギだからな。」
「ふう、それでまず私に忍びをしろと?」
「いやまずは商いの事を知ってもらおうかな。まずは商いをする上で奉公人の教育と商品作りが肝心だからな。」
「分かりました。この伝兵衛、微力ながら旦那様にお仕えします。」
「おう、よろしくな。」
俺は商いの事を奉公人たちに叩き込んだ。みんなは生きるために必死に学んだ。二度と奴隷には戻らないという覚悟で臨んでいる。俺もこいつらには生き残ってほしい思いから熱が入る。そんなこんなで商品の石鹸と真田紐が出来上がった
「よし後はこれを売るのだが・・・・」
正直言って新参者の俺の取引を受ける者はほぼいないだろう。この世界で利益と信頼が重要視されている。高級品である石鹸であっても、偽物か、見る気もしない、まさにシビアな世界だ
「今井家・・・・・はないな。」
独立した以上、今井家とは商売敵の関係である。しかしある事を思いついた
「そうだ、田中与四郎に売り込もう!」
そう茶の湯を通じて、田中与四郎とは親交がある。石鹸と真田紐の重要性を知れば、田中与四郎も否とは言わないだろう。俺は早速、サンプルとして石鹸と真田紐を桐の箱に入れ、リボン結びに紐を縛った
「よし行くか。」
俺はみんなに留守を任せ、早速、田中与四郎の屋敷へ向かった。田中家の奉公人に与四郎が在宅か確認し、鼻薬を掻かせ、取り次ぐことができた。数分待っていると、田中与四郎がやってきた
「おお、これはこれは内蔵助、今日はどうしたのだ?」
「与四郎様、突然お尋ねして申し訳ありません。与四郎様に良き品を紹介したいと思い参上いたしました。」
「・・・・まずは茶室にご案内しよう。」
与四郎は俺の持つ桐の箱2つを確認すると、茶室へと案内された。茶室に入り、俺と与四郎の商談が始まった
「それで良き品とはなんでしょうかな?」
「はい、ではご覧くださいませ。」
俺は紐をほどき、桐の箱をあけた。中身は石鹸と真田紐である
「ほお、一つは白い塊、一つは太く丈夫な紐。」
「はい、この白い塊は石鹸、もう一つは真田紐にございます。」
「石鹸と真田紐、手に取ってもよろしいかな。」
「どうぞ。」
与四郎は2つの商品を手に取り、感触を確かめた。そして俺に質問をした
「内蔵助、この石鹸はもしかして南蛮のシャボンではないかな?」
「はい、シャボンでございます。」
「この高級品、どこで手に入れたのかな?」
「与四郎様、それを聞くのは野暮という物です。」
「ほほ、それもそうだな、まさかシャボンが目の前に現れたら、目の色を変えるわ。次にこの真田紐、大陸、もしくは南蛮から取り寄せたのか?」
「いいえ、私が考えて作りました。」
「何と、これを作ったというのか!まさかこのシャボンも・・・・」
何か言おうとした与四郎は次の言葉を出さずに吞み込んだ。そして俺の方を見て・・・・
「このシャボン、使ってみてよいか?」
「はい、そのために持って参りました。申し訳ありませんが水の入った器と墨を用意してください。」
与四郎は奉公人を呼び出し、水の入った器と硯で擦った墨を用意した。俺は墨を手に着け、そして石鹸を使い、墨を洗い落とした。これを見た与四郎は・・・・
「内蔵助、石鹸と真田紐、いくら売ってくれるかね?」
早速食いついた。俺は商談の話しを進めると突然、奉公人が慌てた様子で入ってきた
「旦那様、織田様は参られました。」
「何、織田様が!」
「与四郎、邪魔をするぞ。」
そこへ織田信長が入ってきた。俺も3年ぶりの元主君との再会である。内心ビビりまくりながら、俺は平伏した。与四郎は笑顔で織田信長と対応した
「これはこれは織田様、何用で参られましたので。」
「うむ、喉が渇いたから、そちの茶を飲みに来た。」
「そうですか、申し訳ありませんが、ただいま商談の最中でございます。」
「商談?この白い塊と紐の事か?」
「はい、平伏しているこの御方から・・・」
「ほお、面をあげよ。」
俺は意を決して頭を上げた。3年ぶりにみる元主君の顔、向こうを俺の顔をまじまじと見て・・・・
「そちの顔に見覚えがあるぞ。」
「はい、その御方は商人になりたくて織田様の下から去った元家臣だとか。」
「そうだ、思い出した。そちは斎藤利三か!」
「・・・・お久しゅうございます。御屋形様。」
ようやく信長は俺が斎藤利三であることに気づき、懐かしそうに俺を見つめた
「利三、真に商人になったのだな。」
「はい、おかげ様にて。」
「それで何を売りに来たのだ。」
「はい、石鹸、南蛮ではシャボンと呼びます。もう一つは真田紐にございます。」
「ほお、この白い塊が南蛮のシャボンか・・・・本物か?」
「確かめられはどうですかな。」
「うむ利三、シャボンを披露せい。」
「ははっ!」
俺は先程と同じように墨を手に付けた後、石鹸を使って、墨を洗い落とした。石鹸の効能を間近で見た信長は・・・・
「ほお、これがシャボンか、墨が綺麗に洗い落とされている!で、こっちの紐は何だ?」
「はい、真田紐にございます。一見、紐に見えますが、木綿で作った織物にございます。鎧の組紐や贈答品の紐に使用できます。」
「ほお、でいくらだ?」
「はっ?」
「だからいくらだと聞いているんだ、残りがあるなら買うぞ。」
「織田様、私が先に商談をしているのですが・・・・」
「早い物勝ちだ、どうだ、いくらで売るんだ!」
「あはは・・・」
織田信長と田中与四郎から石鹸と真田紐を購入することで無事に商談が達成した。在庫の石鹸と真田紐も売れて、大金を手に入れることができたのでウハウハだ、更にこの噂を聞きつけ、多くの商人から石鹸と真田紐の注文が来たのはいうまでもなかったのである
「結果、良ければいいか。」
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