第7話:縁談
石鹸と真田紐が売れて、やっと軌道に乗った新名内蔵助だ、俺は鍛冶屋を作り、鍛冶職人に雇い、そこでツルハシやスコップ、猫車等を作った
「おお、できたか。」
「はい、あっしも初めて作りましたが、こいつは凄いです。」
「あぁ、完璧だ。」
鍛冶職人の棟梁である五助は今まで作ったことのない代物に鼻高々だった。当時としては画期的かつ実用的な商品として注目され、取り引きの幅が広がった。店も「新名屋」命名した。奉公人も伝兵衛の伝で忍びを雇った。情報こそが命である
「伝兵衛、忍びたちの管理はお前に任せるぞ。」
「畏まりました。」
「よし、これから新名屋は大きくなる。御贔屓にしてくれる人も増えたぞ。」
石鹸と真田紐の効果があってか、商人の他に明智光秀、羽柴秀吉、丹羽長秀、滝川一益といった織田家の有力者からも贔屓を得る事ができた
「秀吉と繋がりを得たのがラッキーだ。」
「旦那様、ラッキーとは南蛮の言葉ですか?」
「うわっ、突然現れるな、伝兵衛!」
「申し訳ありません。」
「はぁ~、ラッキーとは幸運という意味だ。」
「旦那様は博識にございますな、所で羽柴様と繋がりを得て幸運とはどういう意味でございましょう?」
「ふふふ、いずれ分かる。」
羽柴秀吉、後の豊臣秀吉と繋がりを持てば、信長亡き跡、天下を統一する秀吉の下で生き残る事が可能だ。晩年の秀吉とはさすがに付き合いたくはないが・・・・
「所で伝兵衛、俺に用があって来たのではないか?」
「はい、実は今井兼久様が参られたのですが。」
「兼久様が・・・・・分かった。兼久様を客間へ通しなさい。」
俺はすぐに身なりを整え、客間へと向かった
「お待たせして申し訳ありません。」
「いやこちらから来たんだ、気にするな。」
兼久は先に椅子に座り、突然尋ねてきた事を詫びたが・・・
「恐れ入ります(おいおい、何の用だよ。)」
突然の兼久の訪問に俺は警戒しつつ丁重に迎えた。俺は南蛮より取り寄せた葡萄酒と二人分の南蛮ビードロと落雁を用意した。南蛮ビードロに注がれた葡萄酒を兼久に渡した
「葡萄酒と落雁にございます。」
「おお、すまんな。」
兼久は葡萄酒を一口飲んだ後、落雁を味わっていた
「まぁ、お主も飲め。」
「はっ、では頂戴いたします。」
兼久から葡萄酒を注がれ、俺も飲んだ。初めは酸っぱかったが今では慣れて、よく愛飲している
「さて今日、訪問したのは他でもない。お主と昵懇の仲になりたいと思ってきたのだ。」
どうやら兼久は俺との付き合いを重視するためにここへ来たようだ
「兼久様、我等は既に商売敵の間柄、それは今井様が御許しになられぬのでしょう。」
「親父殿は親父殿、俺は俺だ。俺はいずれ今井家を継ぐ。そのためにも今のうちにお主との繋がりを深めていこうと思う。」
「それはまた何ゆえ?」
「お主は気付いておらぬようだが、この堺で勢いに乗っているのは他ならぬお主だ。先の石鹸といい、真田紐、またツルハシやスコップ、そして猫車、あれは日本にはなく、どれも手に入りにくい代物ばかりだ。それに俺をまともに見てくれたのお主だけだ。」
そう言って葡萄酒を飲み干した後に更に続けた
「それに今井家はこの堺で納屋衆随一の実力を持っている、味方にしておけばお主にとっても損はないぞ。」
味方にすれば頼もしい存在、敵に回せば間違いなく廃業になるぞと暗に脅しているようにも見える。だが俺にとっては好機かもしれん。秀吉亡き後、徳川家康が天下を取り、今井兼久は家康の側近になる。向こうがわざわざ手を差し伸べてくれたのだ、乗らない手はない
「私も今井家とはこれからも昵懇の間柄を続けたいと思うておりました。宗久様は私にとっては商いの師匠、その御子息である兼久様とも今後とも昵懇に願います。」
「おお、その言葉を待っていたぞ!」
兼久は立ち上って、俺に近づき、手を掴んだ。そして互いに手に取り合う形で握手をした
「ついてはどうしても引き受けてもらいたい事があるんだが。」
「引き受けてもらいたいこととは?」
「うむ、俺と義兄弟になってくれ。」
「はて、義兄弟とは?」
「俺の妹を娶ってくれ。」
今、何といった?妹を娶れだと!
「あの妹とはどういうことですか?私は今井家に奉公していましたが妹様をお見掛けしたことがございませんが。」
「うむ、実はな、親父殿が奉公人の女との間にできた子供だ。名前は楓。普段から別宅に住まわせている。見かけないのは当然だ。ちなみに俺の腹違いの妹で俺よりも6つ下だ。」
つまり今井兼久は1552年に生まれ、腹違いの妹である楓が1558年に生まれたということか。おいおい俺とは24歳も年が離れてるじゃねえか!
「兼久様、私とその楓様とは、ふた回りも歳が離れております。第一、宗久様が御許しにはならないでしょう!」
「親父殿は承知だぞ。」
「何と!」
兼久いわく、どうやら俺が活躍していることに手離したことを後悔していたという。俺の前で商売敵と言った以上、自分自身の自尊心が許さない。そんな親父を見た兼久は何とか俺と親父を取り持つ方法がないか考えた途端に俺が独り身であること、腹違いの妹の縁談相手に相応しいのではないかと思い、俺を訪ねたらしい
「縁談を通じて俺とお前が義兄弟になり、親父殿の面目も守られる。今井家と新名家は親戚同士になるということだ。」
「はぁ~、内容は分かりましたが、その楓様は私との縁談を御存知なのですか?」
「無論、承知している。親父殿が認めた相手ならば喜んで嫁ぐそうだ。」
「左様にございましたか、分かりました。縁談の話、慎んでお受けいたします。」
「おお、受けてくれるか!」
「末長くよろしくお願いいたします、義兄上様。」
俺が兼久に義兄上様と呼んだ瞬間、兼久は苦笑いを浮かべた。自分よりも18も年上の男が義弟になるのだ、無理もない
「うむ、これからもよろしくな。」
俺と今井家は正式に親戚同士になったのである
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