外伝7:徳川家康(上)

ワシの名は徳川右近衛権少将家康、【三河国・遠江国・駿河国(69万5千石)】の国主である。現在はかつて同盟国であった織田信長公、織田信忠公に仕えている。だが昔とは違い、重用されなかった。元々は外様でかつある事がきっかけで距離を置かれている


「こんなことだったら信康を殺さなければ良かった。」


そうワシは実の息子である松平信康に切腹を命じたことである。元々、ワシの今川家の人質だったころに今川治部大輔義元から嫁をもらった。嫁の名は瀬名(せな)、築山殿(つきやまどの)である


「ふん、光栄に思いなされ。本来だったら、そちのような汗臭い田舎者と高貴なわらわとじゃ、不釣り合いじゃからのう。」


「・・・・ははっ(このアマ。)」


瀬名は今川治部大輔義元の姪だけあって気位が高く、それでいて嫉妬深い性格をしており、常に上から目線でワシに接してきた。ワシはこんな女子など御免蒙るところだが、今のワシは人質の立場であり、強く出られなかった。下手をすれば命を奪われるので、我慢し続けた。そんなある日、ワシに子供ができた


「元信(徳川家康)、そちもようやく父親か、男子であれば世継ぎにせよ。」


「ははっ。」


今川治部大輔義元から激励を送られたが、正直嬉しくなかった。所詮、政略結婚で結ばれた仲だ。好きでもない女子との子供なんて・・・・


「ふふふ、きっと私に似て高貴な生まれでしょうね。三河の田舎者に似なきゃいいけど。」


瀬名からは嫌味を言われてもワシは我慢し続けた。このまま流産して死ねばいいのに・・・・


だが天はワシに味方をせず、瀬名は男子を出産した。名前は竹千代、後の松平信康である。今川治部大輔義元から喜ばれ、瀬名は自分に似て、高貴な面相をしていると褒め称えていた


「はあ~、残念だ。」


ワシは父親としての実感がわかず、生まれたばかりの息子に愛着がわかなかった。それから1年後に娘の亀姫が生まれた。今川の人質として過ごしてから、我慢に我慢を重ね、ようやくワシに転機が訪れた


「何!今川治部大輔が討ち取られただと!」


ワシの下に家臣から今川治部大輔義元が討死したという報告を受けた。ワシはその報告を受け、決断を下した


「よし、これより我等は今川と手を切り、独立を果たすぞ!」


ワシは家臣たちと共に、三河に戻り、独立した。三河以来の家臣たちはワシを温かく迎えてくれた。ワシが駿河にいたころ、今川から重い年貢を課せられ、挙句の果てには今川の兵たちによって陵辱され、誰が父親なのかも分からず孕まされた三河の女子たちも多数おり、誰もが今川の支配から逃れた事を殊の外、喜んでいた


「よし、皆のためにもワシは立派な領主として励ねばならぬ!皆の者、そなたらの命、ワシにくれ!」


「「「「「オオオオオオ!」」」」」


ワシの号令の下、家臣と領民は一致団結した。もうワシは今川の人質ではなく、れっきとした岡崎城の主だ


「お、畏れながら、奥方様と若様と姫様は、如何いたしましょうか?」


1人の家臣から瀬名と竹千代と亀姫の事を聞かれた


「如何せよとは?」


「は、はい。名目上、御三方は殿の正室、若様、姫君に御座りまする。世間体を考えれば、いつまでも駿河に置いておくわけにいかないのでは?」


すると別の家臣が一喝した


「何を言うておるのじゃ!正室といっても今川が押し付けた奥方ではないか!殿、この際、きっぱりと離縁され、新しい奥方を迎えるべきです!」


「殿、駿河においでになる奥方様と若様と姫様を見捨てれば、人々は殿をどう思われるか、血も涙もない夫、父親と見るでしょう。どうか、よくお考えになされませ。」


確かに一理ある。世間体を考えれば、妻子を見殺しにすれば、世間の物笑いになる。ワシは瀬名と竹千代と亀姫を助けることにした。ワシは徳川の捕虜となっていた鵜殿氏長・氏次兄弟の身柄を引き換えに、瀬名・竹千代・亀姫の交換で今川と交渉をした結果、無事に瀬名・竹千代・亀姫の身柄を三河へ移すことができた


「殿、瀬名は信じておりましたぞ、殿なら我等は見捨てはしないと!」


「瀬名、そなたも無事で良かった(ちっ、生きていたのか。)」


ワシは内心、駿河で自害していればと思ったが、生きている以上、正室として迎えた。家臣たちからは不満が多かった。特に不満を抱いていたのは酒井忠次である。今川の支配からやっと逃れ、ようやく独立したのに、今川の亡霊と化した瀬名に敵意をむき出しにしていた。しかしそうは言ってはいられなかった。そう織田信長の事である。もし織田が攻めてきたら、独立したばかりの三河は再び戦乱に巻き込まれてしまう。そんなある日、何と織田信長から同盟の誘いが来た。ワシとしてはありがたいが、瀬名が噛みついてきた


「殿、今川治部大輔様を討った織田と同盟を結ぶとは誠ですか!」


「それがどうした?」


「わらわは反対にございます!仇と同盟を結ぶなど、もってのほか!」


「治部大輔様亡き後の今川家はもはや力はない、後継ぎである氏真殿は蹴鞠に現を抜かし、政には参加されぬ、今川と結んでも何の益もない。」


「殿・・・殿は今川の恩をお忘れか!」


「勿論、恩はある。だがこの戦国の世では恩だけでは生きてはいけぬ・・・・」


「・・・・殿は人の皮を被った鬼じゃ!ああ、竹千代!竹千代!そなたの父上は犬にも劣る恩知らずじゃ!」


瀬名が竹千代にすり寄り、ワシを罵った。竹千代はワシを軽蔑しきった眼で見ていた。こんなことなら助けなければ良かったとワシは後悔した。それからワシは信長公と同盟を結び、竹千代に信長公は信康の名を与え、妻として信長公の娘である徳姫を娶わせた。瀬名は憎き織田の娘と軽蔑し、敵意を剥き出しにした。だがワシはそうもいっていられなかった


「ここからじゃ、ワシの本当の戦いは・・・・」


ワシは遠江に向けて進軍した。ワシは武田と通じて今川を攻めようと計画していた。そして大名としての今川家は滅び、今川氏真は北条家の庇護を受けることになった。だがワシの中で問題が起きた。家臣団の対立である。後方支援や外交交渉を司る岡崎派と、前線で戦う浜松派の対立である。岡崎派は手柄を立てる機会を浜松派に奪われ、鬱屈した思いで過ごしていた。更にワシの世継ぎである松平信康は武芸ばかりに現を抜かし、学問と政を蔑ろにしていたことから家臣たちから不満と不安が出ていた


「信康、武芸ばかりでは国は治められぬぞ!」


「ふん、織田に尻尾を振っている父上に言われたくありませぬ!」


「何だと!」


「そうでしょう!母の実家の仇と同盟を組んでいる時点で父上は織田の腰巾着と化しておりまする。父上のやり方、信康は気に入りませぬ!」


「信康!」


ワシと信康はことあるごとに対立し、会っても口喧嘩が絶えなかった。そんな鬱屈した日々の中で、ワシは瀬名の侍女であるお万と男女の関係を結んだ。それを知った瀬名はというと・・・・


「お許しください(泣)」


「ええい!この裏切り者が!」


瀬名はお万を全裸の上、庭の木に括り付け、馬の鞭でお万を折檻した。それを聞いたワシは瀬名の嫉妬深さに恐れと同時に疎ましく思った。更に徳姫は姫ばかり生んだことで瀬名は信康に側室を持たせたのである


「やはり織田の娘は役立たずじゃのう。男子一人産めぬとは・・・・」


「くっ!」


姑の嫁いびりに耐え切れなくなった徳姫は父親である信長公に瀬名と信康の苦情を報告した。ワシと家臣たちは何とか徳姫を宥めたが、もはや限界にきていた。更に悪いことにワシの母である於大とは不仲で対立を深めていた


「はぁ~、もはや今川の隆盛は尽きたとゆうのに・・・・」


「は、母上。」


「家康殿、もはやあの女子は徳川の疫病神です。今のうちに亡き者になさい。」


「・・・・ははっ。」


そんな家中の中で、お万は無事に赤子を生んだが、何と双子だった。双子は当時、畜生腹(ちくしょうばら)と忌み嫌われ、前世では心中した男女の生まれ変わりといわれた。ワシは家臣たちに公言できず、ほったらかしにしたが、何と信康が勝手にワシと双子の一人と対面させおった


「父上、この子は父上のお子です。何か申されませ!」


「ちちうえ。」


二人の呼びかけにワシは目を合わせずに無視した。信康が何か叫んでいたが無視した。それから数年後の事、最愛の妾であるお愛との間に長松(後の徳川秀忠)が誕生した。ワシにとって愛した女子との子供だ。この子が世継ぎであれば・・・・


「殿、よろしゅうございますか?」


そこへ酒井忠次がやってきた。そして忠次からある囁きがワシの耳に届いた


「殿、この際、長松君を世継ぎとされては?」


「じゃが、世継ぎは信康だ。それに正室は信長公の娘じゃ。」


「そこはあることないことを言えばよろしゅうございます。」


「どうするのだ。」


「万事、この忠次にお任せあれ。」


その後、忠次は徳姫を唆し、瀬名と信康が武田勝頼と通じていると偽りの情報を流し、直に信長公に会って信康の不行状を訴えた。後、もうひと押しで忠次は・・・・


「殿、築山御前と信康様の御処分を信長公に願うのです。」


「・・・・分かった。」


ワシは迷いに迷った末、信長公に瀬名と信康の処分に関する書状を送った。信長公からは「徳川殿の存分にされよ」と許可を得て、瀬名と信康の処分が決まった。だが予想外の事態が起きた


「何!瀬名が城から抜け出しただと!」


「ははっ!どうやら若君の濡れ衣を晴らすために尾張に向かったとの事!」


「くっ!追え!追うんだ!」


ワシは追手を差し向け、ようやく瀬名一行に追いついた


「奥方様の御輿とお見受けいたす。」


「何用じゃ。」


「奥方様、どうか岡崎へお帰り願わしゅう。」


「断る、わらわは信康殿の濡れ衣を晴らすために参るのじゃ!」


「ならば力づくでも。」


追手は瀬名一行を襲い、互いに争った。そんな中、追手の槍が誤って瀬名の輿に突き刺さってしまった


「ぐっ、お、おのれ・・・・」


運悪く槍は瀬名の背中に直撃し、瀬名は口から血を吐き、そのまま絶命した


「何も殺すことはないのに・・・・」


瀬名は死亡し、残るは信康である。ワシは信康に切腹を命じた


「くっ!欲にまみれた男をもはや父とは呼ばぬ!我が命を持って、欲得にまみれた鬼の血を断つ!」


信康は切腹し、母である瀬名の跡を追った


「これで良かったのだ、これで。」

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