外伝10:かぶき踊り

新名内蔵助だ、現在、織田信長・織田信忠の下で、御伽衆として仕えている。慶長5年(1600年)、ここは大坂屋敷、俺の下に二人の男女がやってきた


「新名様、どうか私たちにお力をお貸しくださりませ。」


「どうか、お願い申します!」


俺の目の前にいるのは、出雲大社の巫女である出雲阿国とその夫である名古屋山三郎である。二人は出雲大社勧進のため、かぶき踊りをしながら諸国を巡回している


「・・・名古屋殿、阿国殿、なぜ私に?」


「はい、実は前田慶次郎様からの勧めがございました。」


「何、前田殿から?」


どうやら出雲阿国と名古屋山三郎は、知り合いである前田慶次から俺の事を聞いたのだという。阿国と名古屋は藁にも縋る思いで来たに違いない


「それで私にどのような御用事で?」


「はい、実は・・・・」


俺に頼みたいことは何と、織田信長と織田信忠の前でかぶき踊りをしたいという。おいおい、なんで俺の下に無理難題が降ってくるんだよ。全く、俺の下に来るのは変人ばかりだよ・・・・俺自身もこの時代では変人の類いかもな


「分かりました。とりあえず大御所様、上様に言上いたします。それまでお待ちを。」


「「忝のうございます。」」


俺は早速、大坂城へ上がった。側近の森成利に取り次いでもらい、織田信長・織田信忠両名に拝謁することが叶った


「利三、いかがした。」


「ははっ!実は私の下に出雲阿国・名古屋山三郎という旅の一座が参りました。その者たちは是非、大御所様・上様の御前にて、かぶき踊りを御披露したいと申しております。」


「かぶり踊り?それはどのような踊りじゃ、内蔵助?」


「ははっ!出雲のややこ踊りを基にした踊りにございます。」


「ふん、ワシと信忠の前にて披露したいとは、肝が据わっておるわ。」


「父上、いかがいたしますか?」


「面白い!利三、そやつらの踊り、見てやろう。そやつらに伝えよ。かぶき踊りを披露せいとな。」


「ははっ!」


俺は早速、大坂屋敷に戻り、出雲阿国と名古屋山三郎に信長の伝言を伝えた


「新名様、ありがとうございます!」


「一座を代表して御礼申し上げまする!」


「うむ、だが本当の戦いはこれからだ、御二方は大御所様と上様の御前にてご披露するのだ、失敗は許されぬぞ。」


「はい、元より承知の上でございます。」


「我等一座、命を懸けて、務めさせていただきまする!」


出雲阿国と名古屋山三郎の面構えに俺は二人の覚悟が見て取れた。俺自身も一度、現代の歌舞伎の原型となったかぶき踊りを見てみたいという気持ちがあった


「御二方の御覚悟、新名内蔵助、しかと見届けます。」


そして運命の日がやってきた。大坂城の一角に盛大な舞台が作られた。織田信長・織田信忠の前にて出雲阿国とその一座はかぶき踊りを披露するのである


「利三、準備の方はどうだ。」


「ははっ!準備は万端にございます。」


「であるか。」


そしてかぶき踊りが始まった。笛、小鼓、大鼓が鳴り響き、そこへ男装した一座の者たちが現れた。その中央で笠を被った女子は出雲阿国である。笠を取り、信長と信忠の前でその面魂を見せた


「利三、あれが出雲阿国か?」


「御意にございます。」


「なかなかの器量良しじゃのう。」


「父上、見惚れている場合ですか。」


「信忠、うぬも分からぬ奴よのう。わざわざ男の恰好をして踊っておるのじゃ。面白いではないか。」


「はあ~。」


「ワシも若いころに女子の恰好をして、民たちと共に踊ったわい。」


「父上がですか!」


「ああ、なつかしいのう、あのころは楽しかった。」


信長は阿国の舞を見ながら、昔を思い出していた。かつて尾張のおおうつけと呼ばれた過去を・・・・


「昔のワシは尾張のおおうつけと呼ばれ、母に嫌われ、家臣たちから馬鹿にされていた。所詮、凡人には理解できぬだろうからな。ワシを理解してくれるのは亡き親父殿と平手の爺だけだった。だが親父の死後、平手の爺がワシを諫めるために自害した。あの時は悲しみよりも裏切りの方が強かった。なぜワシを信じてくれなかったのかのう。」


信長の眼から一筋の涙が流れた。信長自身、ここまでたどり着くのに多くの敵を殺してきた。相手が実の弟であっても殺し、弟を可愛がっていた母を悲しませた。だがワシは決して後悔などしていない。これこそが織田信長の進むべき修羅道なのだからと言い聞かせたが、年を取ると、本当にこれで良かったのか、別の道もあったのではないかと思い悩むようになった


「はあ~、年は取りたくないものよのう。」


「父上。」


俺は信長の生き様をマジマジと見ているような気分だった。信長自身、この世の中を変えたくて多くの者を犠牲にしてきた。実の弟である織田信勝でさえもこの手で誅殺したのである。織田信勝を寵愛していた信長の母、土田御前はこの世にはなく、最後まで和解することがなかった


「大御所様、上様、そろそろ終幕にございます。」


「うむ。」


一座は盛大に舞を披露したと同時に楽器も止んだ。そして全員、笠を脱ぎ、信長・信忠の前に平伏した


「うむ、見事じゃ!」


「ははっ、有り難き幸せにございます。」


「お主たちの舞は天下一品、これからも広げて参れ!」


「「「「「有り難き幸せ!」」」」」


出雲阿国一座の大舞台は大成功に終わり、その後、信長から褒美をいただくと共に、出雲阿国一座の名声が天下に轟いたのである


「阿国殿、名古屋殿、見事であった。」


「これも全ては新名様のおかげにございます。」


「厚く御礼申し上げまする。」


「次はどこへ巡業するのだ?」


「はい、京の都にて披露いたします。」


「そうか、御二方の御成功を祈っております。」


「「有り難き幸せに存じます。」」


その後、阿国一座は日本全国にその名が轟き、後に現代の歌舞伎として後世にまで伝えられるのであった

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