外伝19:楓の一生

初めまして、楓と申します。私の父は今井宗久、母は今井家で働く奉公人でした。私は永禄元年(1558年)に生まれ、父の所有する別宅で生まれ育ちました。なぜ別宅なのかというと、父は、武野紹鴎様の娘(本妻)の娘婿(婿養子)の立場であり、肩身の狭い立場でした。そんな中、父は奉公人として働く母であるとよと男女の仲になり、私が生まれました。しかし今井家の方々からは今井家の者として認めないと反対され、母と私は父の所有する別宅に住むことになりました


「ごめんね、楓。」


母は何度も私に詫び続けました。私は子供ながらに母を気遣いながら、生活をしてきました。そんな中、父は多忙の中、時間が空いた時には母と私に会いにきてくれました


「とよ、楓、元気していたか!」


「ちちうえ!」


「申し訳ありませぬ、お忙しい中のお越しくださり、ありがとうございます。」


「何、ワシにできる事といったら、これくらいじゃ。楓、こっちへ来なさい。」


「はい!」


「うむ、良い子じゃ、良い子じゃ!」


父だけが母と私が唯一の支えでしたが、もう一人、母と私の味方をする人が現れました


「お前か、親父殿の妾の子供は。」


この御方は今井兼久、本妻の息子、私にとっては異母兄です。父の後を着いてきて、別宅の私たちの存在を知ったのです


「まあ、お前にとっては腹違いだが兄だ。よろしくな。」


兄は母と私を色眼鏡で見ずに、優しく接してくれました。今井家からはドラ息子呼ばわりされていますが、私にとっては優しい兄です。そこから歳月が経ち、私に縁組が来ました。相手は3年前に父の下で働き、独立したばかりの御方で、私よりも二回り年上だと聞きました


「旦那様、なぜ楓を!」


「うむ、今井家が生き残るには致し方ないことだ。」


「ですが、その御方は二回りも年上だと聞きました!」


「とよ、歳の差の夫婦は珍しくはない。」


「ですが!」


「母上、よろしいのです。父上、分かりました。その御方に嫁ぎます。」


「楓!」


「母上、宜しいのです。女子に生まれた以上、他家に嫁ぐのが運命、どうかお元気で・・・・」


「・・・・分かりました。旦那様にお任せいたします。」


「うむ、相手はワシから見て良き男だ。必ずお前を幸せにしてくれる。」


そして私と新名内蔵助様の祝言が始まった。一度だけ、お顔を拝見しましたが、見るからに雄々しく堂々たる風貌をしており、背丈も5尺9寸ほどありました。元は織田家に仕えた武士だと聞いてはいましたが、商人になるべく父の下で奉公していた御方、ですが相当のやり手らしく、勢いに乗っているとの事です。そして祝言は終わり、私は寝室で旦那様となる新名内蔵助様を待ちました。そこへ新名内蔵助様がやって来て私の前に座りました


「面を上げよ。」


内蔵助様からそう告げられ、私は頭を上げた。私は三つ指をつけ、挨拶をする


「新名様、お初にお目にかかります。今井宗久が娘、楓にございます。末永くよろしゅうございます。」


私はそう言うと、内蔵助様は自分の過去を話し出した


「楓、私は生涯で2人の妻がいた。最初の妻は病で死んだ。その当時、私は戦の最中で妻の死に眼にも会えなかった、2度目の妻は私の我儘勝手で離縁をした、おかげで実家からも婚家からも絶縁されてしまった。全ては私の不徳の致すところだ。」


内蔵助様は、かつて斎藤利三として活動したことや、武士の世に無常を感じ、自由に生きる商人に憧れて武士を捨てたこと、ここに来るまでいきさつ等を語った


「私自身、至らぬところがあると思うが、必ずそなたを大切にすることをここに誓う。」


すると内蔵助様は脇差しを取り出し、カチンと金打をした。これは武士が決して違約しないという証である金長というものらしい。内蔵助様なりの、ケジメをつけるためにやったのかもしれない。なぜか私もこの御方に自分の愚痴を聞いてほしかった


「新名様のご本心を承りました。私も自分の身の上を明かします。」


母は元は今井家の奉公人だったが婿養子として入った今井宗久に見初められ、妾となり、私を生んだが、今井家の人々から快く思われず、父がが用意した別宅で育ち、ずっと陰日向の生活をしてきたとこと、父である宗久や腹違いの兄である兼久は自分を大事にしてくれていたこと等を話した


「私も新名様の妻になるからには、私も貴方様に生涯お仕えすることをここに誓います。」


私は鏡を取り出した。鏡は女の魂とも言われ、「刀は武士の魂」と同様、命に代えるべき大切な物として扱われた


「そうか、そなたも苦労したのだな。」


内蔵助様は私に同情し、そして・・・・


「楓、ちこう。」


私は内蔵助様のそばに近づいた。内蔵助様が私の肩に手をかけた


「お前は私にとっては過ぎた妻だ。」


そこから私と内蔵助様は接吻し、初夜を迎えた。こうして私は新名内蔵助様の妻になった


「これからもよろしくお願いします。旦那様。」


それから私は新名家の人間として頑張った。新名家で働く奉公人たちの中で、伝兵衛ら、最初に旦那様に仕えた奉公人たちは、元は人買いの下にいたという、危うく南蛮に売られそうになったところを、旦那様に助けてもらったそうや、人並みの生活を送れた事に、みんなは旦那様に感謝し、恩返しのために働いているという


「お優しいのですね、旦那様。」


「いや、ただの気まぐれだよ。」


旦那様は照れ臭そうに言いましたが、私はこの御方の妻になって良かったと思いました。別件ですが、私と母を快く思わない人々は、行方不明になったり、事故死していたと父から聞かされました。何があったのでしょう。旦那様にその事を言うと・・・・


「天罰が下ったんだよ。」


旦那様は罰が当たったと言っていました。まあ私も本心でいうなら、いなくなって良かったです。そんなこんなで母は後妻として父と夫婦になりました。舅と本妻がこの世になく、今井家に私たちを目の敵にする人がいなくなったので、私としても良かったです


「良かったな、楓。義母上もやっと日の光を浴びることができたんだから。」


「はい!」


それから歳月が経ち、新名屋も大きくなり、私も3人の子宝に恵まれました。旦那様は妾を持たず、私を大切にしてくれました。そんなある日、旦那様から大坂へ引っ越す事を報告してきた


「上様の命で御伽衆を命じられた。楓、すまないが一緒に大坂に来てくれないか。」


旦那様は私に詫びつつ、大坂行きを誘った


「分かりました、上様からの大事なお役目です。一緒に参りましょう。」


「おお、ありがとう!」


私は旦那様とともに大坂へ向かいました。大坂は堺以上に活気に溢れていました。特に上様のいる大坂城は私の生きた中で一番の衝撃でした!


「驚いたろう、安土城も凄いがこっちも迫力満点だな。」


旦那様は近江国安土山に建てられた安土城は大坂城と負けず劣らずの豪華絢爛らしいです。欠点があるとすれば、防御に適していないそうです


「さて、ここは俺たちの住む屋敷だ。」


私たちの目の前には新名屋や今井屋敷とは比べ物にならないほど大きな屋敷でした。今日から、ここに住むのかと思うと、緊張します


「でけえ!」


「ここにすむの!」


「あぷ。」


幸松、お香、お燐はこれから住む屋敷に興味津々だった。驚きと不安が入り混じった中、私たちの大坂生活が始まった。旦那様は御伽衆としての知行1万石を頂戴しています。1万石は大名並みの石高だそうです


「わあ!ひろい!」


「すごい!」


「あぷ。」


「こら!走らないの!」


子供たちは屋敷内を走り回り、私は注意しつつも、屋敷の広さに正直、参ってます


「これからこの屋敷に住むんだ、少しずつ慣れていくしかない。」


旦那様の言う通り、少しずつ慣れていこうと思った。そこから私たちの大坂生活が始まった。旦那様は日課の稽古を済んだ後、朝食を取り、着替えをした後、登城し、時間が経った後に屋敷へ帰ってきました


「はあ~、疲れた。」


「お帰りなさいませ、旦那様。」


「ああ、上様の相手も大変だ。」


旦那様は上様の相手で忙しいみたいです。仕事の話は家には持ち込まないようです。機密情報もあるからだそうです


「はあ~、いつまで続くんだか。」


「私は旦那様と一緒に暮らせるだけでも幸せです。」


「楓・・・・・もう一人作るか?」


もう旦那様たら(照)その後、私たちは4~5人目を作り、天正14年(1586年)に次男、福丸、永禄元年(1588年)に三女のお風が誕生した。歳月が経ち、大坂生活に慣れ、子供たちも成長し、幸松は元服し、新名新兵衛と名乗り、福丸も元服し、新名利次郎と名乗りました。次女のお燐は茶屋家に、三女のお風は後藤家に輿入れしました。更に驚くべきことに長女のお香が、織田信武様の側室になりました。きっかけは織田信武様が新名屋敷に参り、お香を見初め、自分の側室にしたいと望まれました


「お香、どうするの?」


「母上、私は参ります。」


「そう、分かったわ。」


その後、お香は織田信武様の側室となり、世継ぎである吉報師様を生みました。信武様の御代様は病で亡くなっており、実質的に吉報師様が世継ぎとなりました。信長様はひ孫の顔が見れたと喜んでいたそうです。その後、父である今井宗久が亡くなり、母も亡くなった。私は二親を失い、正直悲しかったです。そして織田信長様が亡くなり、織田信忠様の世になりました。旦那様は御伽衆の座を返上しようとしましたが、信忠様から懇願され、留意したそうです。その後、旦那様は高齢を理由に、御伽衆の座を返上しました。ですが織田信忠様はお忍びで当屋敷にお越しになることがありますが・・・・


「やれやれ上様にも困ったものだ。」


「ご苦労様です、旦那様。」


「楓、癒してくれ!」


「はい♪」


そして元和3年(1617年)に旦那様は最期を迎えた。私の他に息子や娘、孫たちや兄の兼久が旦那様の最後を看取ろうとしました


「楓、苦労をかけたな。」


「いいえ、旦那様とともに過ごせただけで私は幸せにございます。」


「そうか・・・・新兵衛、新名屋を頼んだぞ。」


「お任せください、父上!」


「うん・・・・お香、妻として母として将軍を支えるのだぞ。」


「はい、父上。」


「お燐、お風・・・・茶屋家・後藤家を生かすも殺すもお前の力量次第だ、決して道を誤るなよ。」


「はい、父上(父様)。」


「利次郎・・・・御伽衆として天下国家をしかと支えよ。」


「はい、父上。」


「義兄上、某のような義弟をもってどうでしたかな。」


「ふん、何を言ってるんだ・・・・楽しかったぜ、義兄弟。」


「お主たちも元気で過ごすのだぞ。」


「「「「「おじじ様!」」」」」


「ううん、皆の者、さらばだ・・・」


「旦那様!」


そして旦那様はあの世へ旅立っていった。その3年後、私も不治の病にかかり、ついにあの世へ行く事になります


「おいおい、俺よりも先に死ぬなよ、楓!」


「兄上、これも天命です・・・・私はあの世におられる旦那様に会いに行きます。」


「「「「「母上!」」」」」


「「「「「おばば様!」」」」」


「起こしてもらいませんか・・・・外の景色が見たい。」


障子を開けた瞬間、光が差し込んだ。すると旦那様が出迎えてくれた。旦那様は笑顔で手を差し伸べた


「旦那様、すぐに参ります。」


私はその手を掴んだと同時に息絶えた


「楓!」


「「「「母上!」」」」


「「「「「おばば様!」」」」」


これが私、楓の62年の生涯だった。でも悔いはありません。あの世で旦那様と一緒にいられるのだから・・・・


「楓、さすがに早くないか?」


「天命には逆らえませぬよ。」


「まあ、これからも一緒だ。」


「はい、旦那様♪」










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