外伝15:織田信雄

ワシは織田信雄だ。父は織田信長、兄は織田信忠である。天正15年(1587年)にワシは切腹した。なぜ切腹したかって?ワシが謀反を起こそうとしたからだ。そうあれはワシが尾張国の太守だったころだ


「衛門ノ助(えもんのすけ)はどうした!」


「はっ!衛門ノ助は病にございまして・・・」


「ふん、どうせ衛門ノ助は妻をワシに渡したくないのだろう!あれほどの美女を・・・・」


「お、畏れながら、家臣の妻を側室にするなど・・・・」


「何じゃ!ワシに意見するのか!許せん!」


「と、殿、お、お許しを・・・・・」


信雄は刀を抜き、忠告した家臣を切り殺した。信雄は血脂を拭いた後、刀を鞘に納め、決断した


「兵を出せ!衛門ノ助の屋敷を攻めるのだ!衛門ノ助の妻を生け捕りとせよ!褒美は好きなだけやるぞ!」


そのころ、石川衛門ノ助(仮名)の屋敷にて、石川衛門ノ助と妻の鞘(仮名)は屋敷に籠っていた。妻の鞘は悲痛な表情で夫の衛門ノ助に話した


「旦那様、私、殿様の下へ参ります。」


「鞘、何を言うておるのじゃ!」


「私が殿様の側室になれば、旦那様は救われまする。どうか、離縁を・・・・」


「ならん、お主はワシの妻だ、ワシはそなたを誰にもやらぬ!」


「旦那様・・・」


石川衛門ノ助と妻はどうするべきか、思案に明け暮れていたころ、衛門ノ助の家臣が入ってきた


「殿!一大事にございます!屋敷が兵に取り囲まれております!」


「くっ!とうとう来たか!者ども、迎え撃つのだ!」


「ははっ!」


石川衛門ノ助の屋敷に織田信雄が放った兵が突入した。屋敷にいた衛門ノ助の家臣たちは反撃に転じたが、多勢に無勢、次々と討ち取られた。衛門ノ助は屋敷に火を放ち、妻の鞘とともに自害した


「おのれええええええ!衛門ノ助め!」


衛門ノ助の妻を手に入れられず、苛立ちのあまり、側にいた小姓を手打ちにした。家臣たちは幕府にこのことを知らせるため、密かに早馬を送ったのである。その知らせは大坂にいる織田信長・織田信忠の下へ送られた。織田信長と織田信忠はその知らせを聞き、激怒した


「何をやっておるんじゃ!三介のおおたわけが!」


「あの大馬鹿者が!」


天正14年(1586年)、織田信長は織田信雄を勘当した後に、隠居謹慎を下した。さすがの信長も自害を命じることができず、隠居謹慎のみの処分とした。清洲城にいた織田信雄は幕府から隠居謹慎を下されたことに衝撃を覚えた


「なぜだ、父上と兄上はなぜ・・・・」


自分がやったことに気付かずにいた。天正伊賀の乱が起きた時、独断で動いた織田信雄は自身で8000人、柘植保重に1500人の兵を率いさせ、伊賀国に三方から入り、伊賀惣国一揆を攻めたが、伊賀十二人衆と呼ばれる自治集団に織田信雄率いる軍は大敗し、殿軍の柘植保重は植田光次に討ち取られた。これを受けて信長に「親子の縁を切る」とまで書状で脅され、叱責された。その事をころりと忘れていた織田信雄は此度の命に・・・・


「くそ!とうとう耄碌したか!こうなったら城に立てこもって籠城だ!」


織田信雄はすぐに家臣たちを招集し、籠城するから合戦の支度をするよう命じた。家臣たちは一斉に信雄を諫め始めた


「殿、もはや幕府の命が下った以上、神妙に御隠居すべきです!」


「貴様等、ワシは、この城の主だぞ!」


「殿はこの時より、殿ではなく御隠居様にございます!」


「おのれええええええ!逆らうなら斬るぞ!」


「皆の者、御隠居様を押し込めるぞ!」


「「「「「オオオオオオオオ!」」」」」


家臣たちは一斉に襲いかかり、信雄を羽交い締めした


「離せ!離さぬか!」


信雄はそのまま家臣たちによって幽閉され、見張りをつけられた上、隠居屋敷へと謹慎となった


「くそ!このまま引き下がっていられるか!」


信雄は密かに側近たちを集め、全国の大名たちに自分に味方するなら、家臣として召し抱え、所領を安堵する密書を送るよう指示をした。しかし側近たちは幕府を恐れ、家老たちに密書を渡したのである


「何を考えておるのだ!あの御方は!」


「所詮は三介殿の為さることよ。」


「しかしこれが露見すれば尾張は改易になる。」


「如何いたしますか?」


「幸い、この事を知っているのは我等だけだ。我等の手でこの密書を揉み消すぞ。そなたらもこの事は他言無用だ。幸いにも三法師(後の織田秀雄)様に家督を譲られる事を幕府は御承認してくださる。何としても御隠居様が謀反を起こされぬよう、厳重に見張るのだ。」


「「「「「ははっ!」」」」」


その頃、隠居屋敷にいた織田信雄はイライラしながら知らせを待っていた


「何をしておるのじゃ!まだ謀反の知らせが来ないのじゃ!」


信雄はまさか側近たちが裏切ったことを知らずに、ひたすら謀反が起きることを待ち望んでいた


一方で筆頭家臣である織田忠寛は大坂城へ召し出された。織田忠寛を迎えたのは斎藤利治と前田玄以である


「御召しにより参上仕りましてございます。」


「うむ、早速だが御隠居様(織田信雄)が謀反を企てていることは誠か?」


「はて、何の事にございますか?」


「とぼけても無駄だ。隠密の知らせによると、御隠居様は謀反を画策し、諸国の大名に決起を促しているとのことだ。」


尾張には既に公儀隠密【御庭番】が放っていることを知った織田忠寛は冷や汗をかいていた


「上様(織田信忠)は大変、お怒りである、御隠居様を速やかに切腹せよと仰せでござった。」


「お、お待ちくだされ!どうかどうかお待ちを!」


「大御所様(織田信長)も呆れ果てて言葉が出ないそうだ。もはや勘当の身ゆえ、上様に任せるとの事だ。」


「し、しかし。」


「心配いたすな。三法師様(織田秀雄)の家督相続は予定通り行われる。そなたは後見役として支えるのじゃ。」


「は、ははっ。」


やあ、新名内蔵助だ。今日は織田侍従長益(後の織田有楽斎)から茶会の招きに応じた。俺の他にも織田信長の娘婿である蒲生左近衛少将氏郷と前田左近衛権少将利長も参加しており、茶会が始まった。世間話が始まり、やはり織田信雄の話になった


「何と御隠居様(織田信雄)が、そのような事を・・・・」


「あぁ、我が甥ながら愚かな事をしたものよ。」


織田信雄が謀反を起こそうとしたことが、信長・信忠の耳にも入っており、此度の事で庇いきれずにいた。俺の隣にいた氏郷と利長は呆れた表情で織田信雄を罵った


「分かってはいたが、義父上の御子息とは思えぬほどの、おおうつけじゃ!」


「所詮は三介殿の為さることよ!」


「これこれ、滅多な事を言うでない。誰が聞かれているか分からぬのだぞ。」


二人を宥める織田長益も内心では信雄の軽挙盲導さに呆れると同時に清々しさを感じていた


「内蔵助、やはり三介は死罪になるのかのう。」


「どうなのでござるか!」


「新名殿!」


三人が一斉に聞いてきた。もはや信雄は助からないだろう


「・・・・手前の口からは申せませんが、恐らくは。」


俺の回答に三人は納得した表情で頷いた


「当然でござる、あの御方は織田家の恥さらしでござる!」


「某と蒲生殿の妻も呆れており申した!」


「さらば、我が甥よ。」


俺たちは信雄の悪口を肴の餌に茶会を楽しむであった。その後、幕府の使者が再び、尾張に参り、隠居屋敷にいる織田信雄に織田信忠が送った使者から上意が下った


「上意!織田信雄儀、謀反を画策した罪により切腹申し付けるとのこと!」


「せっ、切腹だと!」


「左様、潔く腹を切られよ。」


「ま、まて。ワシが死ねば三法師は!家臣たちが路頭に迷うだろ!」


「その懸念は無用にござる。織田忠寛殿を後見役として三法師君をお支えするとのことでござる。」


それを聞いたワシは身体中から力が抜けた。もはや、これまでかと観念したのである。そして今に至るのである


「次からはマトモな生き方をしたい。」


織田信雄は切腹し、その生涯を閉じたのであった。信雄の切腹を聞いた信長は・・・・


「親不孝者め・・・・」


その後、織田信雄の墓に金網が立てられたのである。これは謀反人の証として死んでもなお、許されなかったのである。解かれたのは約400年後であった

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