第12話:好敵手

やあ、新名内蔵助だ。堺の外では、武田勝頼が高天神城を落とし、織田信長が長年対立していた伊勢長島一向一揆を壊滅させる等、歴史通りに事が進んでいる


「まあ、俺には関係のないことか。」


俺はというと身重となった楓を気遣いつつ、いつ生まれるか楽しみにしていた。でも前妻の安と儲けた息子たちが気がかりでもあった。史実の斎藤利康と斎藤利宗、利康は山崎の戦いで戦死し、利宗は生存し1647年に亡くなる、春日局は安と離縁しているため、誕生していない。離縁したことで2人はどうしているか、気になってはいたが、今さら父親面すんなと向こうは思うだろう。だから忍びを使って調べようとは思わなかった


「自分勝手に捨てた俺が悪いしな、十中八九、俺を恨んでる可能性もある。謀反人の一族の汚名だけは避けられたとは思うが・・・・」


これから起こる未来を知っている俺だが、当時の連中からすれば前代未聞の出来事だったからな、ほんと、明智も愚かな事をしたよ・・・・


「・・・様、旦那様!」


「うおっ!」


「どうなされたのですか?先程から黙って?」


「あぁ、すまんすまん、少し考え事をしていたんだ。」


「考え事とは・・・・」


「あぁ、俺はちゃんとした父親になれるのだろうか、考えていた。かつての俺は商人になるため、子供たちまで捨てた駄目親父だったからな。」


俺は息子たちの事を話した。俺は生まれてくる子にどう接すればいいのか、ちゃんと育てられるか悩んでもいた。そんな中、楓は・・・・


「旦那様、先の事は誰にも分かりませぬ、誰だって過ちを犯します。ですが旦那様は自らの過ちに気付いておられます。どうか御自分をお責めになさらないでください。」


楓の優しさに俺は思わず泣きそうになった。同時にもう同じ過ちは繰り返さないと心に誓った。そうだ、俺はもう斎藤利三じゃない、新名内蔵助なんだと・・・・


「う、うぅ!」


「どうした。」


「う、生まれる。」


「何!」


どうやら産気付いたようである。俺はすぐに産婆さんを呼んだ。駆け付けた産婆さんが部屋に入り、俺は部屋を出た。俺は自分の部屋へ帰り、無事に産まれることを祈った


「母子ともに無事でいてくれ。」


この時代の出産は危険を伴うものであり、乳児の死亡率は非常に高い。また母親も産後の肥立ちが悪ければ、衰弱死するのである。俺が出来ることはただ、祈るのみであった。するとそこへ奉公人のまつがやって来た


「旦那様、産まれました!元気な若子様にございます!奥方様も御無事にございます!」


「そうか、そうか!そうだ、今井家にも知らせるんだ!」


そう命じた俺はすぐに楓のいる部屋へ向かった。部屋へ到着すると布団に寝ていた楓の隣に産まれたばかりの我が子がいた


「旦那様。」


「いや、そのままでいい、そのままで。」


起き上がろうとする楓を、制止させ、寝かせた


「楓、良き子を産んでくれた。」


「ありがとうございます。」


「この子の名だが、幸松にしようと思う。」


「幸松にございますか。」


「あぁ、幸いと松の木を合わせたんだ。」


「良き名前にございます。」


「うん、楓、お前も幸松も無事で良かった。」


俺は愛する妻と我が子の無事を祈ると、奉公人から今井宗久と兼久親子が来たと知らせが入った。俺がここへ来るよう知らせようとしたら、宗久と兼久親子が部屋に来た


「「楓、無事だったか!」」


「舅殿、義兄上、楓も幸松も無事ですよ。」


二人は楓の安否を確かめに来た。そして楓が無事な様子を確認すると、早速、孫(甥っ子)を見た


「おぉ、ワシの孫だ!じいじが来たぞ!」


「伯父が来たぞ!」


二人は産まれたばかりの幸松を見て、メロメロである


「舅殿、義兄上、もうその辺にしておいてください。楓を休ませないといけないので。」


「それもそうだな。」


「それじゃあな楓、落ち着いたら、また来る。」


「父上も兄上も今日はありがとうございます。」


俺に男子が産まれたと聞いた商家は、多くの出産祝いの品々いただいた。というか行列を作るほどである。この様子に番頭を勤める伝兵衛からは・・・・


「旦那様、連日、出産祝いの品々が運ばれております。」


「あぁ、めでたいことなんだが、後で何があるか分かったもんじゃないな。」


この堺で勢いに乗っているのは、この新名屋だ。しかも堺の実力者、今井家とは親戚の間柄である。これを機に、新名屋と親密になりたいという思惑がありそうで困る。しかし話はこれで終わらなかった。何とある人物が新名屋に訪れたのだ


「いやぁ、元気な跡取りが産まれて良かったな、内蔵助殿。」


「ありがとうございます、日向守様。」


そう訪ねてきたのは明智日向守光秀、あんたこんなところで何してるんだよ


「日向守様、よろしいのですか?御多忙の身では?」


「忙しい合間を縫って、訪ねてきたのだ。」


「それは畏れ入ります。」


「私からの出産祝いなんだが、どうだろう。明智家の御用商人にならないか?」


明智家から御用商人にならないかと誘われた。いや、不味い、明智家の御用商人となったら、間違いなく一蓮托生になる。謀反に協力したことでウチが潰される。何とか辞退せねばと、俺は頭脳をフル回転させた


「日向守様、ありがたい仰せにございますが、御辞退いたします。」


「それはなぜだ。御用商人となれば、我が領内の商いの特権を得られるのだぞ。」


「私がこうして商人としていられるのは、全て日向守様のおかげにございます。今後とも御贔屓にしていただければ私はそれでよろしゅうございます。」


「そうか、分かった。もし気が向いたら、いつでも言ってくれ。」


「ありがとうございます(危ねぇぇぇぇぇぇ!)」


光秀が新名屋を去った次の日にまた来客があった


「やぁ、新名殿、跡取りの誕生、実にめでたい!」


「ありがとうございます、筑前守様。」


明智に続いてやって来たのは羽柴筑前守秀吉、出産祝いの品々を持って駆け付けたのだ


「ワシも、ようやく世嗣ぎに恵まれたが、おっかさまや寧々にどやされてしまったがな(笑)」


秀吉の実子は、石松丸、鶴松、豊臣秀頼だったはず。というと石松丸だな、でも短命だったはず・・・・


「わざわざ足を運びくださり、ありがとうございます。それにこれほどの品々をいただき、感謝の念がたえませぬ。」


「いやいや新名殿には世話になったからのぅ、その御礼じゃ!」


秀吉がにっこりと微笑んだ。秀吉が人誑しの名人と言われる理由が分かる。一見すると飾り気のない明るい雰囲気を出しているように見せかけ、実際は計算尽くでの行動だったら恐ろしい


「ところで日向守殿がお訪ねになられたとか。」


「あ、はい、息子のお祝いを述べに来ました。」


「そうかそうか、日向守殿は耳が早いのう。」


それを聞いた俺はぞっとした。何気なく言っているが、既に駆け引きが始まっていると思った。明智と羽柴、勢いに乗っている織田家のエースたちの熾烈な争いを垣間見えた瞬間だった


「それじゃあ、ワシは帰るから。新名殿、達者でな。」


「筑前守様もお達者で。」


秀吉が帰ったのを見届けた後に、俺は屋敷へ帰った。長浜へ向かう秀吉はというと・・・・


「(あのキンカン頭め、抜け目のない奴よ。)」


秀吉は心の中で光秀に毒づき、敵対心をメラメラと燃やすのであった











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