第29話・許嫁、愛でる
高校二年生になってから初めての一週間を終え、あっという間に土曜日。
氷浦の幼馴染さんが転校してきたり、ちょっとしたいざこざがあったりしたからか、まずまずの疲労あり。
けれどこうして訪れた、コーヒーとささやかな朝食をとりながら、穏やかに流れる朝の時間。……
明日は甘楽プレゼンツの遊ぶ予定があるし、今日はそれぞれ家でのんびりして過ごそうとか話していた、その矢先。
「「っ」」
朝八時ちょっと過ぎ、滅多に鳴らないチャイムが閑静なリビングにこだまし、二つの体を硬直させる。
「……誰、だろ」
「どなた、でしょうね」
私と氷浦の関係やその秘匿性上、この住所を知っている人間はごく僅かしか存在しない。何かしらの営業や勧誘すら訪れたこともないし……。
氷浦と目配りしながらこそこそとインターホンの近くに移動すると、カメラの向こう側――オートロックのスライドドアを前にこちらからの解錠を待ち侘びているのは――黒服に身を包んだ二人組。
大仰なサングラスをかけているけれど、雰囲気からして女性だろうか。威圧感すごいな……。
「……はい」
なんて言ったらいいのかわからず、チャイムが鳴ったことに対する返事をとりあえずしてみると、
「私です。開けてください」
スピーカーから返ってきたのは、目の前の光景とは違和感があり過ぎる、鈴が鳴るように軽やかで可愛らしい声。
「……
「きぬ?」
そりゃあ、まぁ、そうか。
薄々そうかなとは思っていたけれど、やっぱり氷浦の知り合いらしい。
今後の対応は任せたという意味を込めて彼女に視線をやると、その表情は困惑というか、どこか面倒臭げなものに。
「抜き打ちチェックに参りました。お姉様」
「お姉様!?」
えっ、ということは……今喋ってるの妹さん!?
「どの立場でそんなことを……」
「お父様から許可はいただいております。お姉様の許嫁が果たして氷浦家に相応しいかどうか……
×
「せっかくのお休みなのに……申し訳ありません……!」
「ううん、私は全然いいんだけど……」
オートロックを開錠し、氷浦の妹さん——氷浦
「氷浦、妹さんいたんだね」
「はい。歳は離れていますが妹が一人、姉が二人」
「へーっ!」
お姉さんも! 二人も!
これまで一年暮らしてきて初めての、衝撃の真実。……いや衝撃も何も私が壁を作ってたせいか……本当、勿体ないことしてたな……。
「抜き打ちチェックとか言ってたけど」
世間一般的にもあまり良いイメージはないだろうそのワードについて、一応説明を求めてみた。氷浦も寝耳に水っぽいけど、一応。
「帛は来年中学生になりますので、ちょうどそう言った……大人びたことをしたい年頃なのでしょう。まったく……」
「ふ、ふ〜ん」
お姉ちゃんの顔してる氷浦……いいな……。うん、とても、良い。というかお姉ちゃんでありながら妹でもあるって最強じゃん。うわー、こうなるとお姉さんもとの絡みも見てみたいなぁ!
それに華麗なる氷浦家のことを除いても、私一人っ子だから姉妹がいるのって羨ましい……。
「どうする? おもてなし出来そうなものないんだけど」
「アポ無し来訪者にそんなものは必要ありません。今の充実した暮らしぶりをお話しして早急にお引き取り願いましょう」
「ん、わかった」
せっかく妹さんが来てくれたのに、いけずな。とは思うものの、何も知らない部外者が姉妹の事情に首を突っ込むのは……藪蛇かもしれないしやめとこう。
×
「えっ、えっ、かわ、可愛過ぎる! 嘘じゃん、氷浦じゃん、ちぃちゃい氷浦じゃん!」
玄関にて帛の姿を初めて見据えた凛菜さんが、私にピタッとくっついて耳元でハシャいでくださるのは嬉しいのですが……内容には複雑な心境です。
血を分けた妹とは言え他者に凛菜さんの好意が寄せられるのは……いい気分ではありません。
「桜子さん、楓子さん、ちょっと」
帛が靴を脱いで我が家に上がり込む前に、彼女のSP兼世話役である二人を連れて一度外に出ます。
「私が家を出る際、くれぐれも帛を甘やかさないようにとお願いしたはずですが」
ドアを閉めるや否やいきなり責めるような言葉を浴びせた私へ、二人は丁寧に礼をして「お久しぶりです帷様。お元気そうで何よりです」と、声をピッタリ揃えて言ってから「しかし甘やかすなどとんでもありません」と、続けます。
「帷様が家を出られてから帛様は文字通り血の滲む努力をし、あらゆる分野で研鑽を重ねておられます。まるでお家を出るために努力をされていた、あの頃の帷様のように」
「……」
「帷様の居場所を
「……」
「帷様のお気持ちも少なからずお察しします。しかしどうか、本日は帛様にお付き合いくださいませ」
冷静沈着に、決して感情を表に出さずに言われた指示を確実にこなす桜子さんと楓子さんから……こんな熱弁を聞くことになるとは思いませんでした。
予想外のカウンターパンチに、大人な二人に帛を説得してもらおうとしていた私の気骨はポッキリと折れてしまいました。
「……仕方ない、ですね」
「……それでは、我々はこれにて」
「え? お二人とも帰ってしまうのですか?」
「駐車場にて待機しておりますので、何かあればお呼びください」
「…………わかりました」
彼女たちには私も長い間お世話になりましたから……無下には……できません……!
×
黒服の二人を見送り、観念して私と凛菜さんの愛の巣へ戻ると……。
「あれ?」
いません。玄関にいるべき帛がいません。靴は揃えて置かれています。リビングにもいません。私の部屋にもいません。ということはまさか……。
「普通の部屋ね。もっと本を置いたりセンスのいいインテリアを……あっお姉様。二人とのお話は終わりましたか?」
「……帛、あなたは何をしているんですか……?」
「人間性を知るにはまず部屋を見ろと本に書いてありましたので、さっそくチェックしていました」
私が凛菜さんの部屋に入るまでどれだけの時間がかかったか……!! それを……こんなにあっさり……!!!
「ね、ね、帛ちゃん。ゲームあるよ、みんなでできるやつ。あっあとね、ボードゲームとかもあるし……そうだ、お腹空いてない? ご飯食べてきた?」
凛菜さんの目が完全に野良猫を手懐けようとするソレなのですが……。ああもう、なんて愛らしいんでしょう。でも(私以外に)デレデレな凛菜さんは見たくないです……でもでもこんな凛菜さん珍しいからとっても見たいです……どうすればいいんですかぁ!
「やらない、いらない、空いてない。こーんな庶民がお姉様の許嫁だなんて……信じられないわ」
……なんですって……?
「帛、次凛菜さんにそのような発言をしてみなさい。力づくで追い出しますよ」
「も、申し訳ありませんお姉様……」
「氷浦、帛ちゃんをいじめないで。追い出すなんて許さないから。ねぇー帛ちゃん」
ハグ!? からの撫で撫で!?!??!?
この子前世でどんな徳を積んできたのですか!!???
「は、離しなさい! 気安く触らないで!」
しかも拒絶!?!?!!??
あまあま凛菜さんのデレデレ攻撃を受けてこうも平然としていられるなんて……帛、恐ろしい子……!!
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