第35話・許嫁、戯ける

『甘楽とは去年の六月……体育祭の日ね、初めてちゃんと話したの。私は調理部の手伝いしてて、職員用のおにぎりとか豚汁とか作ってた。』

 きぬが帰ってから一夜明けシアの歓迎会へ向かう途中、電車に揺られながら昨日凛菜さんが教えてくださった内容を思い返します。

『そしたら、自分のお弁当だけじゃ足りなくて先生のを一口もらったらしい甘楽が「この美味しい豚汁を作ったのは誰だー!?」って調理室に突入してきたの。なぜかそこにいた全員が私を指差して……みんなで作ったのに……確かにレシピは提供したけど……。それでまぁ、仲良くなった、というか』

 大丈夫。確かにインパクトはありますよ、しかしドラマティックとは言い難いでしょう。要注意するに越したことはありませんが、今日は凛菜さんとお出掛けできる幸福を噛み締めて楽しみましょうっ!

「氷浦、乗り換えるよ」

「はいっ」

 ホームへ移動して電光掲示板を見ると、次の電車はもうすぐ来るようです。

「あの、凛菜さん」

「ん?」

「動きやすい格好でとのことでしたが、行き先はどちらなのでしょうか?」

 私から積極的に聞かなかったというのもありますが、未だ本日の詳細を知らないため尋ねてみると、

「ん~? 行けばわかるよ」

 凛菜さんはわざとらしくはぐらかしてみせました。

「……ふむ」

 主賓であるシアに聞かれて秘密とするなら(サプライズ的な意味で)わかりますが、何故私にまで……?

「大丈夫。氷浦も絶対楽しめるから」

「私が、ですか?」

「うん。氷浦さ、最近運動してないでしょ。春休み中はお仕事あったし、新学期始まってからは生徒会忙しそうだし」

 釈然としない態度を露骨に取ってしまった私へ、凛菜さんは顔をくっと近づけて補足してくれます。……あの、あんまり近づかれてしまうと話が耳に入ってこないのですが……。

「言われてみると……そうかもしれません」

「だから今日は目一杯体動かしてきなよ。好きでしょ?」

 確かに体を動かすのは好きですし、人並みにいろいろなスポーツができる自負はありますが……。

「私、凛菜さんにそういったお話……したこと、ないような……」

 凛菜さんとの会話は脳内ストレージ内に最も重要な情報として保存してあるので、私が忘れている可能性は限りなくゼロのはず。昨日、私が寝ている間に帛から聞いたのでしょうか?

「直接聞いたことはなかったけど……知ってたよ」

 少し照れるように、凛菜さんは視線を逸らしてお声を抑えて続けます。

「小学校も中学も同じだったじゃん? だからたまに見てたんだよ、氷浦のこと。体育の時間とか、自然と視界に入ってたというか……」

「!!!」

 ……私のことを……凛菜さんが……えっ、なんですかそれ嬉しすぎるんですが!? というか大丈夫ですかそれ私変な顔とかしてませんでしたか!?

 まぁもちろん私だって教室の窓から体育に勤しむ凛菜さんを見てましたけどね! 私の場合体育の時間だけありませんけどね! 怒られそうなので言いませんけどね!

「あと部活荒らしの噂も聞いてたし」

「うぐっ……それは……」

 部活荒らし……。家業もあるので特定の部活動には所属していなかった私ですが、ありがたいことに助っ人としてさまざまな部からお呼ばれされたことがあります。……その際……その、レギュラーの皆さんよりも悪くない成績を収めてしまったことから……そのような不名誉な称号をいただいたこともあったりなかったり……。

「とにかく、今日は誰にも遠慮しないで思う存分やっちゃって?」

 苦悶する私の頭をさらっと撫でながら、柔らかい笑顔でそんなこと言われたら……!!

「はい〜〜〜っ!」

 凛菜さんはどうしてこんなに可愛くて美しいのに格好いいのでしょう……。はぁ〜……。

「……バカなの?」

「すみません……」

 愛が……愛が溢れてしまったのです……。凛菜さんがお外でベタベタするのが好きじゃないってわかっていたのに……体が勝手に抱きしめてしまったのです! 決して困らせたかったわけではなく……あれ……でも以外と拒まれな——

「もう」

 ——呆れ声に、一ミリばかりの喜色を滲ませた凛菜さんはキョロキョロと、辺りに人がいないか確認をして——

「私も、バカだ」

 ぎゅむっと、普段よりも強い力で……ハグを……返してくださったのです……!

 な、なんでぇ? とっても上機嫌なのですか!? いける……この感じならきっと……チューさえも……!

「……凛菜さん」

「し、しない。しないから。絶対。……これ以上、私をバカにさせないで」

 なってくださいよ〜〜〜〜〜ぅ!! 真面目な凛菜さんも好きですけど〜〜〜〜〜ぅ!!

「あっ、ほら電車来たから」

「むぅ〜〜〜」

 いいところだったのにぃ! 今日ほど日本の完璧な運行ダイヤを恨んだことはありません……!!

「っ!!!」

「ほら、乗るよ」

「ひゃ、ひゃい」

 重い足取りで不服を表明する私の手の甲へ、さらっと口付けをくれた凛菜さんはそのまま手を引いてくれました。

 こんなエスコートならどこにでもついて行ってしまいます……。

 さらにさらに電車に乗った後も手を繋いだままで怒られないなんて……幸せ過ぎます……!!

「凛菜さん? あのですね、いっそのことこのまま二人で……」

 あまりの幸福感に力の入らない声を耳元で出してみるも——

「ダメ。みんな氷浦のために集まってくれてるんだから」

 あっさり却下。……ですよねぇ……。って、あれ?

「私の、ため?」

「あっちがっ……氷浦の! 幼馴染であるテステートさんのため! 氷浦がいかないとか変でしょ?」

「はいっそうですねっ」

 電車内ということで周りの人に迷惑がかからないように小声で慌てる凛菜さん……ただ言い間違えちゃっただけでしょうに……可愛いですねぇ……さっきの王子様ムーブはどこにいっちゃったのですか? このこの〜っ!


×


「あっ二人とも来た〜!」

 目的の駅へ到着して少し歩くと、一目でそれとわかる団体が集合していました。

 まだ距離のある私と凛菜さんを真っ先に見つけてくださった甘楽さんが、手を振りながらこちらへと走ってきます。

「大丈夫? 迷わなかった?」

「おかげさまでね。地図とか乗り換えのスクショ送ってくれてありがと、甘楽」

「えへへ。お役に立てた見たいでなによりだよ〜!」

「………………」

 えっ浮気? 白昼堂々浮気ですか?? 本当にしたやりとりはそれだけですか???

「いよっし、みんな揃ったしさっそく行こー!」

 ……まぁまぁ。

 ……まぁまぁまぁまぁ。ここは寛大な気持ちで見過ごすとしましょう。

 狭量な女と思われるのは本分ではありませんからね……!

「凛菜、今日はたっぷり楽しみましょうね」

 歯を食いしばって葛藤していると今日の主役であるシアが堂々たる佇まいでやってきて、凛菜さんの手をとり語りかけます。

「うん。テステートさんもいろいろありがとうね」

「私の歓迎会なのよ? 私が本気を出さなくてどうするの」

 ……これは……有罪ギルティ? いつもだったらその手をはたき落としてスルーじゃないですか凛菜さん! 我が家に一生軟禁の刑に処しますよ!?

「あら、とばりも来てたのね」

「なんですかその言い様は! 凛菜さんがいなかったら来てません!」

「ふふ、でしょうね。さっ行きましょう」

 ぐぬぬ……なんですかシアのこの余裕は……!!

 いや、でも、しかし! 今日はシアの歓迎会。つまり参加者の皆さんはシアを囲むはずですし、なんというか……想像以上に人数も多いです。(クラスメイト以外の方もいらっしゃいます。これもシアの人心掌握……ではなく人望の成せることなのでしょうか。)

 つまり凛菜さんと二人きりの時間を作るのはそう難しくないはず……!!

 必ず勝ち取ってみせます……二人だけの楽園エデンを!

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