第36話・許嫁、心得る(前編)

「お待ちしておりました」

 甘楽さんを先頭に一同がぞろぞろと入っていくのは、数々のスポーツが楽しめ、ゲームセンターやカラオケなども複合されている施設。

 なるほど、凛菜さんの言う通り来たらわかりましたが……なんと言っても今日は日曜日、こういった場所は混むのではないでしょうか。

「ご予約のシア・テステート御一行様ですね。本日、15時まで貸切となっておりますのでご自由にお楽しみくださいませ」

「……はい?」

『いえーい!』と盛り上がる皆さん、そしてスタッフの方にチップを包むシア……。私だけですか!? この現状に違和感を覚えているのは!

「シア、あなた……テステート家の威光をこんなところで」

「勘違いしないでくれるかしら。私が両親から融資を受けてその資金を運用して生んだ利益を娯楽に回しているだけよ。誰にも文句を言われる筋合いはないわ」

「うぐっ……ですが今日はあなたの歓迎会で」

「そうよ、私の歓迎会。だから私のしたいようにして何か悪いことでも?」

「……ありませんけれど……」

 流石は帰国子女、とでも言えばいいのでしょうか……? 歓迎する側が本気を出す日本とはそもそもの思考回路がこんなに違うなんて……。

「ねえっ! 氷浦さん!」

「は、はい!」

 シアの大胆過ぎる行動に唖然としながら、『だから凛菜さんが彼女のことをあまり邪険にしなかったのですね』なんて納得していると突然、背後から快活な声を掛けられました。

「勝負しようね! ここバッティングセンターもあるから! ホームランの本数で!」

「へっ? はい、その、えと」

 なぜ急にホームランダービーのご提案を? 準備運動のお時間さえ頂けるなら問題はありませんが……。

「その次アーチェリー! 私と!」

「えーその前にバドでしょ!」

「その前にバスケ!」

「私はいつでもいいよ。パターは逃げないからね」

「バブルサッカーは!? みんなでやるでしょ!?」

 運動の好きそうな方々が次々と押し寄せ遂には囲まれてしまい身動きが取れなくなってしまいました。皆さん、以前どこかでお会いしたような気はするのですが……お名前が出てきません! すみません!

「あの、え、え〜と……?」

 あぁ……凛菜さん……我が心のオアシス、愛しの凛菜さんはいずこへ……?

「……んんん?」

 許嫁センサーをフル稼働することで発見できた彼女は――少し、物思いに耽るような表情で――屋内釣り場の木椅子に腰掛けていました。

 確かにスポーツフィッシングは立派な競技だと思いますけれど! まさか屋内にこんな立派な釣り堀があるなんて……ずるいです、私も凛菜さんが用意した餌で釣り上げられたいです……そのあと美味しく頂かれたいです!

「ほら氷浦さん、時間は有限だよ! 早く屋上行こ!」

「え!? は、はい!」

 どうやら、先に挙げられた競技はそれぞれ屋上にコートが用意されているらしく、手を引かれ背を押され流されるがままに導かれていきます……!

「………………」

 そんな私に気づいてくださったのか、ようやくこちらを見やった凛菜さんは――公園で子供を見守るお母さんのような――微笑みを浮かべ、小さく手を振っています。

「…………」

「…………」

 ……わかりました。『やってこい』と、そういうことですね……!『私の許嫁なら一回も負けないよね?』と、そういうことなのですね!

 お任せください。不肖ふしょう氷浦帷、皆様から挑まれた全ての勝負、全力でお受けします!!


×


 快音響せる乱打戦になったバッティング対決。

 風がなければあわやといったアーチェリー対決。

 静と動が激しくぶつかり合ったバスケ1on1対決。

 辺りの音が消える程集中したゴルフのパター対決。

 コート内を縦横無尽に動き回ったバドミントン対決。

 さらに唯一チームを組んで行なった、テクニックとダイナミックさがものを言うバブルサッカー。

「はぁ〜……やっぱり強いなぁ、氷浦ちゃんは」

 そして最後は、甘楽さんとの——熾烈な攻防がひたすらに続く——テニス対決でした。

 試合が終わり休憩用のベンチに腰掛けて汗をタオルで拭っていると、私の隣に座った甘楽さん。

「甘楽さんも流石でしたよ。今日はちょっと、私の調子が良過ぎましたね」

 全ての対決はギリギリで、偶然の要素も大いに存在しどちらが勝ってもおかしくないものばかり。それでも、やりましたよ凛菜さん。氷浦帷は……全戦全勝を収めました……!

「それ、言われたの二回目だ~」

「えっ?」

 何気ない返しに対して返ってきたのはちょっと聞き捨てならない台詞。しかもその声音は、いつもの明るさの中に数滴の寂しさが忍んでいるような気がしました。

「やっぱり。氷浦ちゃん覚えてなかったんだね」

「と、いうと、えと……」

「私と試合したのは今日で二回目だよ。去年体育の授業で、一回ね。そのときも私は負けちゃって、さっきと全く同じ言葉を掛けてもらったの」

「……そう、だったのですね」

「私だけじゃないよ? 今日氷浦ちゃんと勝負した子はみんな同じ。授業だったり練習試合だったり公式戦だったり……成り行きは違うけど氷浦ちゃんに負けて、悔しい思いをしたっていうのはみんな同じ!」

「……」

 自分が……とても恥ずかしいです。

 天才だ秀才だのと持て囃され天狗にでもなっていたのでしょうか。人との、学友との関わりをこうも忘れていたなんて。

 ……私は、自分の能力が大して優れていないことを早い段階でわかっていました。

 それでも、凛菜さんとお近づきになりたくて。凛菜さんへ交際を申し込むには、父から提示された条件はあまりに困難で。

 自分の全てを注ぎ込むしかなかったのです。脇目も振らずにただ、目標を達成するために。それゆえに皆さんとの交流も蔑ろにしてしまっていたことは、間違いありません。本当に……本当に……、

「甘楽さん、本当にごめんなさ「そんなわけで今日はね、シアちゃんの歓迎会と氷浦ちゃんを元気にする会を兼ねていたのでした〜!」

「…………わ、え、私を? 元気に?」

 …………すみません、全然話が見えてこないのですが……。

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