第37話・許嫁、心得る(後編)

「そう! だって氷浦ちゃん、せっかく私と仲良くなろうとしてくれてたのに、私が凛菜ちゃん一筋なせいで学校お休みするくらい落ち込んじゃったでしょ!?」

 え、え~……。なにがどう湾曲したらそんなことに……?

 確かに今週一日だけ休みましたがそれはだってその……凛菜さんと……えへへ……。

「だから『氷浦ちゃんを元気づける計画』を立案したんだけど……いろんな提案をしてくれたのは、凛菜ちゃんなの」

「凛菜、さんが?」

「そう! 『体動かすの好きなのに最近あんまり出来てないみたい』って。誰とも面識ないはずなのにさ、放課後いろんな部活回ってね、氷浦帷にリベンジしたい人ーって声掛けてね。……きっと氷浦ちゃんが全力で楽しめるようにって、頑張ってくれたんだよ」

 ……凛菜さん……。

 とても、嬉しいです。普段はなるべく人と距離を置こうとする凛菜さんが、私の為に動いてくださる姿を想像するだけで、涙が出そうになるのです。

 ですが――凛菜さん、甘楽さんと出会ったエピソード、一体どれくらいはぐらかしたのですか。

 だって……あなたについて語るこの声音は、この瞳はもう、間違いなく——

「甘楽さん、一つお聞きしてもいいでしょうか?」

「なぁに?」

「凛菜さんのこと、どう思っていますか?」

「え? 大好きっ」

 ——その感情を、隠す気もないじゃないですか。

 友達として、ではないです。きっと、私が凛菜さんに抱いている気持ちと——

「ずっと一緒にいたいくらい、大好き」

 ――同じ。

「…………では」

 では? 私は何を言おうとしているのでしょうか。どうして心よりも先に、口が動いて――

「……凛菜さんが、他の方を、甘楽さん以外の方を選んでしまったら、どうしますか? 」

 何を探るようなことを言っているのでしょうか。

 言えばいいじゃないですか。凛菜さんの許嫁は、この私なのだと。

「ん~……選ばれた人が凛菜ちゃんの大好きな人なら……とっても素敵なことだと思う! 」

「っ 」

「凛菜ちゃんが幸せなら、私も幸せ。それだけしか言えないや!」

「…………」

 ……私は今まで彼女に対して……ひたすら、許嫁であると言う優位性で勝負をしようとしていました。

 だけど……違うでしょう? そうじゃない。

「甘楽さん、一つ、訂正をさせてください」

「うん。なぁに?」

「私の好きな人は、大好きな人は、凛菜さんなんです」

 大切なのは関係性じゃなくて——気持ち。

 告げるべきは私と凛菜さんが許嫁であるということではなくて、私が凛菜さんに抱いている気持ちだったんです。

「…………そっか。じゃあ私達……」

 たとえこれで甘楽さんと対立することになったとしても、私は——

「……親友、だね!」

「………………はい?」

「同じ人を大好きになった者同士、親友!」

 心に立ち込める暗雲を一瞬で消し飛ばしてしまう笑顔とともに、差し出された手のひら。

「……はいっ!」

 その手を握ると鼓動や熱が伝播する程強く握り返され、私も負けじと力を込めます。

「えへへっ」

「ふふ」

 私と凛菜さんがどのような関係かは――いつか、凛菜さんが胸を張って言える日が来るまで、私の胸の中に留めておきましょう。

 ありがとうございます、甘楽さん。関係性は気持ちの上で成り立つ――私は今日、大切なことに気づくことができました。


×


「二人ともおつかれー。次どうする? 」

「一回なかに戻らない? テステートさん達と合流したいし」

 皆さんも各々行っていた競技に一段落がついたのか、テニスコートへ続々と集まって来られました。

「えっなになに、握手なんかしちゃって」

「青春!? 青春してるの!?」

 言われて慌てて手を離しましたが、甘楽さんは特に気にされていないご様子……! 私はこんなやり取りをしたことがないので……どうお答えすればいいのか……!

「青春? えっとね、私と帷ちゃんの大好きな人が」

「ちょっ甘楽さんっ」

 裏表がないにも程があります! 凛菜さんの気持ちどころか私の心の準備も出来てないのですが!?

「恋バナしてたの!?」

「ライバル!? ライバルなの!?」

空子くうこちゃんと氷浦さんから好かれるって……その人前世でどんな徳を積んだっていうの……?」

「あはは……」

 桃色にざわめく空気感は慣れないものの、皆さん本気で探ったりせずに軽く茶化す程度で許してくれて一安心です。

 ……このくすぐったさが……友情が萌芽した感覚なの、でしょうか? こんなことを考えている時点で恥ずかしいのですが……ですが、嬉しい、です。

「よし! 戻る前にこのメンバーで写真撮ろ写真!」

「いいね!」

 ラケットの代わりに伸縮する棒に手にした方がスマホをそれに取り付け、さっきまで全力で勝負をしたメンバーがぎゅぎゅっと凝縮してレンズに収まろうと集合します。

「ほら、氷浦さんは真ん中!」

「は、はい! ……。」

「どうしたの? 氷浦ちゃん、ぼーっとしちゃって」

「いえ、すみません。なんでもないんです。なんでも」

 ……凛菜さん。私にも友達ができましたよ。手強い親友ライバルも。

 自分の目標を果たすために見落としていたものを、凛菜さんが繋ぎ直してくれたのです。

「撮るよー!」

 ……どうして、でしょう。おかしいですね、皆さんに囲まれているのに。……だから、なのでしょうか? すぐそばにあなたがいないということが浮き彫りになって……どうしようもない程寂しいのです。

 凛菜さん。今すぐあなたに会って触れ合って感触を、輪郭を、存在を、この手で抱きしめて確かめたくて仕方がなくて……こんなに幸せなのに――

「3・2・1!」

 ――上手に笑えない自分に、今、シャッターが切られてしまいました。

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