第27話・許嫁、破れる

「はふぅ……」

 もうね、いろいろと追いつかない。なんで学校から帰ってきただけで私は今こんな幸福を享受しているんだろう。

 エビとブロッコリーに濃厚な味が絡みついているアヒージョ、特製ドレッシングを馴染ませたレタスの上にクルトンや刻んだベーコンもたっぷり乗ったサラダ、なめらかな口触りと仄かな甘味のポタージュスープ、そしてメインディッシュのムニエルは皮まで最高の食感と味付けで骨しか残らなかった。さらに全ての料理とマッチするフランスパンは二回おかわりした。

 えっ、ここお店? 高級フレンチレストラン? 私の許嫁シェフだった?

 そんな疑問がもたげている内に完食してしまい、二人で食器を洗おうとするも『ダメですよ凛菜さん。今日の家事は全て私に任せてくださる約束です。さっ、お風呂に入っちゃってください』なんて言われてしまいお風呂場に行けば漂うハーブ系のいい香り。

 体を洗って風呂蓋を外してみればあら美しや。湯船は淡いラベンダー色に染まっていて、氷浦がバスソルトまで用意してくれたことを知る。

「…………はあぁぁ……」

 ため息も出るよ……。というかため息しか出ないよ……。

 だってお風呂場もあらゆるところがピカピカなんだもん。普段気にしていなかったところが綺麗だとすごく目につく。

 家事は頑張っている気になってたけど……全然ダメだったんだなぁ。もっと頑張んないと……。

「…………っ……」

 あぶな、寝かけた。

 そう言えば今日あんまり眠れなかったから……。

 あぁ……満腹感と丁度いい温度とリラックスできる香りも相まって……眠い……。

 いや……頑張れ私。ここで寝たら多分、幸せすぎて起きれなくて溺れ死ぬ。最低でも日曜日のことは……氷浦に伝えなきゃ……!


×

 

「んまぁ~~~~~」

 眠気との死闘を制しお風呂から上がった私を待ち受けていたのは、氷浦お手製のプリンだった。

 これがまた……美味いのなんの……。

 素人じゃ絶対たどり着けないなめらかな食感と、絶妙な甘さ加減。体重という呪縛さえなければ無限に食べたい……むしろ呪縛を解き放ってしまおうかと逡巡する程には美味しい……。

「氷浦、これやばい。ご飯も美味しかったけどこのプリンは本当にやばい。これ一個だけでお店開けるよ……」

「本当ですか? 嬉しいです~! ですが……私、凛菜さんの為以外の理由でお料理する気はないのでお店は開けませんねっ」

 照れている様子もなく、さも真面目に言ってみせた氷浦。

 普通に嬉しい。……嬉しいけど……容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群、大企業の令嬢、そこに家事完璧も追加……? なんでこの子私の許嫁なんだ……?

「……凛菜さん」

「んー?」

 おずおずと、彼女が差し出した手にはスプーン。その上には一欠片のプリン。

「あ、あ~ん」

「……」

 いや、うん、わかるよ。そもそもの発端だ。だから流れはわかる。

 けどやっぱり……恥ずかしいなぁ! 改めてやるとすごく恥ずかしい!

「……ん」

 なるべく口を大きく開かないように、ササッとパクっと頂いた。

「~~~~~! もう一回! もう一回いいですか!?」

 そんな私を見てなぜかご満悦な氷浦。可愛くも楽しくも面白くもないだろうに。

「はい、あ~んっ」

「ん」

「えへへ、お味はいかがですかっ?」

「……おいしいよ。当社比150%でおいしい」

「んへへぇ~」

 いつかのやり取りを思い出してそう返すと、元からふにゃふにゃだった氷浦の口角がどんどん緩んでいく。未だ私の中では凛として佇む氷浦のイメージが強くて、そのギャップでの破壊力は一入ひとしおだ。

「じゃあはい、氷浦も」

 これ以上そんな可愛い表情を見せられても困るので反撃に出てみたものの、

「はいっ」

 私の差し出したスプーンへ遠慮なく食いつき、頬をほころばせて咀嚼する氷浦だって十二分に可愛い。

「? あちらに何かありますか?」

「……なんも」

「どうかされました?」

「……別に」

「なぜお顔を見せてくださらないのですか??」

「……無理」

「何がです!?」

 無理、見せられるわけがない。だって自分自身でも見たことがないくらいに破顔してるに違いないし。

 絶対真っ赤だし……もうニヤけすぎて自分の口角の元の位置もわかんないよ!

 あーもう……ほんと……幸せ過ぎておかしくなりそう……。

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