第32話・許嫁、陥れる

「「…………」」

「えーと……なんか……ごめんね?」

 その後も私が2回連続で優勝。

 帛ちゃんはツインテールになり、氷浦は去年のハロウィンにこっそり買って結局押入れの奥に仕舞っていたフリフリのエプロンを着ている。

 私の左右に可愛さの権化が存在する。もはやここは私の理想郷……あれ、このゲーム始めた目的なんだったっけ?

 ……ともかく、第3戦目。

 流石はエリート一族の天才姉妹、駆け引きの所感やゲームのコツを掴んできたらしく、割といい勝負になってきた。

「そちらに行きましたよ、帛、捕まえてください!」

「くっ……なんて速度なの……。あっお姉様!」

「追い込んでいたはずが……あっという間にやられてしまいました……」

「二人ともセンスは悪くないんだけどなぁ。もっと息を合わせないと」

 しかーし! それでも幼い頃に培われた経験値の差は大きい。凡人たる私でも、まだ勝ちの目は残っている。

「…………仕方がありません、帛……」

「なんでしょう、お姉様」

「できれば使いたくなかったのですが……こうなってしまったらもう奥の手です。あなたの力を貸してください」

「っ……。わかりました。」

 氷浦は苦々しくも強い意志の籠もった瞳で帛ちゃんを見やり、そのあまりの気迫に帛ちゃんが怯むレベル。

 一旦ゲームを中断すると二人はリビング出て、ドアの向こうで何やらやり取りをしている様子。氷浦は冷静に言い聞かせているっぽいけど、なんか悶着してるっぽい……?

 まぁどのみち、どんなことをされようと文字通り小細工止まりだろう。付け焼き刃でどうにかなる経験差じゃない。ふふふ……次は帛ちゃんと氷浦、どっちにどんなお願いをしちゃおうかな~。

「おまたせしました凛菜さん。さぁ、続きを」

「…………」

 戻ってきた氷浦の眼光は今までと明らかに違う。何を企んでいるんだろう。

 攻略法を見つけた? でもそれを帛ちゃんに共有するかな? 二人だってライバル同士なんだし……。

「……」

「……」

「……」

 そして再び訪れた静寂、沈黙。

 部屋を満たすのは明るいBGMと、操作しているキャラクター達の楽しげな声、あとはコントローラーのカチカチ音だけ……。

「…………」

「…………」

「…………」

 それもそのはず。勝負は佳境。もしこのミニゲームで一番に負けでもしたら、差がひっくり返って私は一位から陥落……。それを自覚した瞬間、今まで自分がしてきた蛮行が走馬灯のように駆け抜けコントローラーを握る手に力が入る……!

「よし、行ける……!」

 大丈夫、ここで畳み掛けて……まずは帛ちゃんを……!

「…………もう、許して……」

 突然隣から聞こえた……帛ちゃんの潤んだ声。なんということだ、危ない。集中を削がれて意識と視線が逸れかけた。

「甘いよ帛ちゃん、泣き落としなんて私には「凛菜、おねぇちゃん……」

「っ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 今、なん…………て…………?

「隙ができました! 帛! 今です!!」

「アンタの負けよ! 観念しなさい!」

「あぁっ!」

 ま……負けた……というか……コントローラー落としちゃった……。

 ……わかってる……お芝居だって……。それでも私が見た景色は……味わった奇跡は……本物なんだよ……。

 あの一瞬、確かに私には……可愛い妹がいたんだ……!!

「一位は私ですね。……さて、凛菜さん」

 氷浦は立ち上がってフリフリのエプロンを脱ぎながら、愕然と座り尽くす私を見下ろしている。

 やばい……どんな命令を……。

「お願いです。私達と、お昼寝をしてください」

 嫌だ、コスプレは嫌だ。髪型を変えるのもの変な台詞を言うのもいやだ……って、え?

「久しぶりにゲームをしたので少し疲れてしまって。いいですね」

「う、うん。いいけど……」

 そんなんでいいの……? 

「私は反対ですお姉様! 私達を散々弄んだ凛菜には相応の「はぁ……あなただって限界でしょう? 帛」

 ぐうの音も出ない正論を翳す帛ちゃんを、氷浦はそっと制止した。

「そ、そんなことは」

「見るからに寝不足じゃないですか」

 寝不足? 帛ちゃんが? 全然そんな風には見えないけど……それが本当なら今までだいぶ無理してた……?

「どうせ昨晩は緊張して眠れなかったのでしょう? ゲームのプレイでも細かいミスや単純な動きの連続が目立っていました。万全なコンディションの帛ならありえません」

「どうして、そのことを……」

「私はあなたの姉ですよ? わかるに決まってるじゃないですか」

「っ…………はい、お姉様」

 私は見逃さなかった。氷浦がピシャリと言い切った瞬間、微かに緩んだ、帛ちゃんの口角を。

 ……あーあ、帛ちゃんの言う通り私が余計なことをする必要なんてなかったんだ。

 氷浦はちゃんと姉として、家族として帛ちゃんを大事に想ってる。

 いやー良かった良かった、みんなハッピーで今日はこのまま――

「凛菜さんも、いいですね」

 ――なんでだろう、氷浦の声に若干の棘を感じるのは。

「も、もももももちろん!」

 いや、うん、気のせい気のせい。お昼寝するだけなんだから。なにか起きるわけもないし平気平気。

 というか帛ちゃんとお昼寝できるって……超棚ぼたじゃん! んふふ~楽しみだなぁ~!

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