第31話・許嫁、昂ぶる

 非常に……非常に気まずい。

「「…………」」

 私のベッドに座ったまま無言で氷浦を見上げるきぬちゃんと、応戦して帛ちゃんを睨み返す氷浦と、あわあわすることしかできない私。

 それぞれがなにかを言い出そうとしてやっぱり口を噤む気まずい沈黙を壊したのは――

「では……次にお姉様の部屋と共有部のチェックを」

 ――我らが妹、帛ちゃん。しかし、そう言いながら立ち上がって部屋を出ようとした彼女を、氷浦は毅然と阻止した。

「待ちなさい帛。ここは私と凛菜さんの家。好き勝手は許さないわ」

「……」

 ど、どうする私。どう割り込む? どうしたら正解?

 帛ちゃんとしては『氷浦家を代表して姉がキチンとした生活を送れているかチェックしに来た人間』の顔をしなくてはいけないわけで……でも本心は純粋に氷浦を心配して来てくれたわけで……。

「そうですか。なら結構。私はもう帰ります」

「えっ!?」

 ちょ、ちょっと待って、それはダメ絶対ダメ絶対帛ちゃんの本心じゃない!

「待って!」

 余計な事をしないでとは言われたけれど……ちょっとだけ、未来の姉としてのおせっかいを許してほしい。図々し過ぎて口には出せないけど。

「ねぇ、あの……やっぱり……ゲームしない!?」

「「……?」」

 ああ、疑問に満ちた可愛い瞳(超そっくり)で私を見ないで……心臓がどうにかなっちゃうよ……。

「ほら、ありがちだけど勝った人が負けた人にお願いできるってやつ! 帛ちゃんが勝ったらうちは自由に検閲していいし、氷浦が勝ったらそれを阻止できる。ね、いいでしょう?」

「……凛菜さんがしたいというなら、是非もありません」

「お姉様が……そう仰るなら」

「ならさっそく!」

 氷浦は私のお願いを聞いてくれて、帛ちゃんは氷浦の意向に乗ってくれる、という優しい方程式で私の突拍子もないアイディアは可決となった。

 と、いうわけで、私の部屋から出てリビングへ移動し、40型のテレビ向かってソファに並んで座る。

 左端に氷浦、右端に帛ちゃんが座ってしまったので、必然的に私が真ん中に位置することに。……二人に並んでほしかったなぁ。

「帛ちゃん、何かやりたいのある?」

 ゲームを起動してオンラインショップを開いて聞く。お店に行かなくてもダウンロードしてすぐ遊べちゃうの便利過ぎだ。

「ないわよ。ゲームなんて結局、突き詰めれば記憶力、瞬発力、指先の運動能力に依るんだろうし。……言っておくけどやるなら勝つわよ、凛菜には当然、お姉様にも」

「言ってくれましたね帛。私だってあなたには負けません」

「ふむ……じゃあこれにしよう」

 二人のバチバチが激化する前に決定しなくては、と焦って急いで決めたのは、すごろくとミニゲームが組み合わされた国民的パーティーゲーム。のリメイク……とまではいかない最新ハードへの移植版。

「これなら操作もそんなに難しくないし、みんなでできるし!」

「ふぅん……まぁいいわ、何でも。さっさと始めましょう」

「ありがとう帛ちゃん。氷浦もこれで良かった?」

「もちろんっ! 凛菜さんのやりたいことが私のしたいことですからっ」

 笑顔で私の手を取ってくれる氷浦と、そんな私達を薄目で見てくる帛ちゃん。なんか緊張してきた……。

 いやいや負けるな私。氷浦姉妹の架け橋になるんだ!

「それじゃあさっそく……スタート!」

 購入とダウンロードが完了し、コントローラーの設定やらなんやらを済ませ――戦いの幕が上がった。

「…………」

「…………」

「…………」

 く~うきがおもいなぁ! こんなに笑顔がないパーティーゲーム存在していいの!?

 なんて複雑な思いに苛まれたのもつかの間、ゲーム自体はサイコロを振って進んだマスだったりミニゲームの結果に応じてもらえるスターを集める単純明快な仕組みなので、適応力の高い二人はサクサクと要領を掴み徐々に口が開くようになってきた。

 でも……

「あっもう凛菜さんったらぁ!」

「凛菜、そのアイテムを使ったら後悔するわよ」

「一緒にゴールしませんか? ね、凛菜さん」

「待ちなさい凛菜、今お姉様を贔屓したでしょ!」

 ……凛菜凛菜うるさい……。もっと二人でも会話して……!

 ともあれ。

「……こんな……ことが……」

「凛菜さんの圧勝ですね! すごいです!」

 一戦目あっという間に終わり結果発表。既に一時間近く経っていることに驚いた。ゲーム……本当に時間泥棒だな……。

 負けたにも関わらず嬉しそうに讃えてくれる氷浦とは違って驚愕の表情を浮かべる帛ちゃんは、咎めるように私を詰めた。

「……凛菜、あなたこのゲーム初見じゃないわね?」

 正解。ガッツリ勝てそうなゲーム選びました。ごめんなさい。

 これは二人には理解できない貧乏あるあるだと思うんだけど、ゲームなんてのは超高級品だから一つのソフトを死ぬほどやり込んで極めるもの。

 私の場合お母さんはいないしお父さんも忙しかったし友達もいなかったから、ひたすらコンピューターと戦って腕を磨いてきた。あれ、なんか涙腺緩んだぞ。

「ふっふっふ……まぁね。なぁに帛ちゃん、手加減してほしい?」

「……なめないで、私はいずれ氷浦家を担う女よ。次も全力で来なさい」

「はーいっ。でもまずは……お願いを聞いてもらわないとね」

「「っ」」

 ゲームに熱中していて忘れていたのか、それとも私はその権利を行使するとは思っていなかったのか、二人はハッとしたように私を見た。

「最下位は帛ちゃんだね、どうしようかな~」

 そう、これは氷浦姉妹間の戦いじゃない。私対氷浦姉妹の戦いなのよ。

 ずばり、作戦はこうだ。

 自分だけやり込んだゲームで二人を圧倒し、勝利者権限として二人の仲がもっと良くなるようなお願いをする。

 ただそれだけ。だからお願いするのは

「はい、じゃあ……二戦目は私の膝ここに座ってプレイしてもらおうかな」

「「ッ!」」

 あれ? 違う違う、私は何を……そうだ、例えば氷浦お姉ちゃんの好きなところを一つ挙げるとかでいいじゃん……

「勝った人が負けた人にお願いできる……んだよね?」

 ああダメだこれ私の願望と欲望と本能をフルボッコにしちゃって機能してない。

「……」

 無言で立ち上がった帛ちゃんが、そのやらかいヒップをちょこんと、私の膝の先の先にちょこんと乗せ、大きく大きくため息を付いた。

「さっさと次の勝負に行くわよ」

 妹を膝に乗せてゲーム……ずっと憧れてた……でももっと深く座っていいんだよ? こう……ギュってしたいじゃん?

「ちょっと! 何をするの離しなさい!」

 あっもう勝手に体が動いてた。引き寄せてギュってしちゃった。はぁ……もう……もう……!!!!

「凛菜さんが……私以外の人間にぎゅーを……」

「覚えてなさい……すぐに引っ剥がしてやるんだから……!」

「次は絶対に負けません! 帛……その座から引きずり下ろしますから覚悟していなさい……!」

「お姉様!? 私は被害者です!」

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