第43話・許嫁、凭れる
「はーい凛菜さんっハート作ってくださーいっ!」
「ハート……? …………こう?」
さっそくスマホのカメラを起動して私がレンズを向けると、頬を染めながらも親指を下側に、他の指を上側にして定番のハートポーズを作ってみせた凛菜さん。はぁ……可愛い……それだってもう十二分に可愛いのですが……!!
「いいですねぇ……それじゃあ別パターンも撮っていきましょう! 次はこうです!」
「なにそれ、どうやって作ってるの?」
一度スマホを置いて両手の人差し指と中指を使ってハートを作って見せます。以前シアがクラスメイトの方にねだられてやっていたので覚えました。細くて美しい凛菜さんの指がさぞ映えるだろうなぁと感銘を受けたものです。それを今……大義名分の元リクエストできるなんて……感無量です……!
「えっ、ちょ、むず……氷浦……無理っぽいんだけど……」
悪戦苦闘の末ふにゃふにゃのハートを作り、照れ混じりの苦笑いを浮かべる凛菜さんッ!! シア……ありがとうございます……。
「で、ではでは、こんな感じのダブルハートを……!」
「? これのどこがハートなの?」
片手の親指と人差し指を交差させるだけの簡単なポーズをしてみせると、凛菜さんは疑問符を浮かべながらも真似してくださいました。釈然としない顔とキュートなポーズのギャップが素晴らしいです……!
「ほら……ここのシルエットが……」
「あっ確かに」
ご納得いただけたからか面白かったからか、自然な笑みに小さなハート二つを添えてこちらに視線を向ける凛菜さん。画像編集アプリの存在が不憫に思えるほど完成されています……!
「そしたら次は……ココア、飲んじゃいましょうか!」
「えっ、うん」
「ああ! なんですかその色気はぁ~!」
熱々のココアが揺れるマグカップに、ちょいと唇をつけてゆっくりと傾けていく仕草……もはや妖艶……。日常の一ページもレンズを通すとこんなにも輝いて見えるのですね……!
「……想像以上に楽しんでるね、氷浦……」
「それはもう! 次はそこに立っていただいて……」
「まだ撮るの?」
「まだまだ足りませんから!」
その後もソファから立ち上がる際に力が入る四肢。
はらりと耳から落ちる濡れ羽色の髪。
撮られていることを意識しているからかどこかぎこちない立ち姿。
決してこちらへと遣ってくれない視線。
……なるほど、こうして人はカメラに命を懸けていくのですね……! っ!!
「あっ」
――如何に凛菜さんを美しく撮るかの試行錯誤が加速していった結果、悪魔的天啓が見えない稲妻となって私の脳天に降り注いだのです――
「すみません、落としちゃいました」
撮影に熱中しているフリをして、サイドテーブルに乗っていたテレビのリモコンをわざと肘で小突いて落とす褒められない行為。しかし……それでも……その先には――
「りーんなさんっ」
「んー?」
善意なのか無意識なのか、凛菜さんが
つまりは、腰をかがめてうつむいている最中。
彼女は私に声を掛けられ――視線を合わせるために、首を少し持ち上げて――
「!」
と、撮れてしまいました……! 上目遣いと……部屋着特有のゆるい首元のシャツの奥に臨む……お胸様ががが…………非常に扇情的で……危険度SSSの一枚がががががが……!
「っ……。変な写真、撮ったでしょ」
「と、撮ってませんが?」
「嘘! 氷浦変な顔してるもん!」
私の表情筋の軟弱者! しゃきっとしなさい!
「どこがです? 普通の顔ですよ」
「今更戻したって無駄! というか言うほど戻ってないから! とにかく消して!」
「いやですよーぅ!」
私の表情筋を責めるのは諦めました! 気持ちはわかりますから! ここはもう口論ではどうにもならないようですので……撤退!
「いいから!」
「ダメです! ……あぅ!」
遂に物理的な強硬手段に出た凛菜さんは、私のスマホを奪おうと接近。そしてそんな彼女から泣く泣く距離を置き逃れようとした私。されど狭い室内、行く宛なんて限られていて、結局どちらともなくソファへ倒れ込み――
「ごめん……」
「いえ……」
――仰向けになった私へと、凛菜さんはバツの悪そうな表情を浮かべながら覆いかぶさりました。レンズ越しではないご尊顔というだけでも心臓への圧が強いのに、互いの吐息が混ざり合う程近い距離。
「…………」
「…………」
あっ、はい、これはもう、ね、そういう雰囲気ですものね、えぇ、わかりますよ。えへへ、大丈夫です、
「……よし」
「…………へ?」
瞳を閉じて待機するもその時は一向に訪れず、やがて反応した五感は唇の触覚ではなく、聴覚。しかも聞こえてきたのは凛菜さんのスマホのシャッター音。
「氷浦のキス顔、撮っちゃった」
「!! 消してください!」
「だ、ダメ。これは……永久保存版だし」
「ま、まずは確認させてください! 私にはその義務と権利があります!」
「なら私は独占する義務と権利があるから、ダメ」
「んなっ! ……ちょっと嬉しいですけどやっぱりダメです恥ずかしすぎます!」
「恥ずかしくなんてないよ、とっても可愛い」
「と、とにかく」
「わわっ」
やんややんやと言い合いながらスマホの強奪と防衛を繰り返しているうちに、今度は私の方が凛菜さんへと覆いかぶさる姿勢に。なにをやっているんでしょうか私たちは……。
「…………」
「…………」
「……凛菜さん、目、閉じてください」
「……そ、そうはいかないんだから」
キッと。意趣返しをされないよう私を睨む凛菜さんの顔を覗き込んでいると……あっけなく理性は崩壊。
「そうですか。では、このまま」
「んっ――」
唇と唇を合わせ、深く、深く、私の気持ちを乗せて、押し付けて。
ようやく離れる頃には凛菜さんは息を荒くして頬も耳も真っ赤に染まっていて。きっと私も、鏡で映したみたいな表情をしているのでしょう。
「…………ばか」
「本当に。私は凛菜さんバカです」
そのまま、もたれるように彼女の体を抱きしめても凛菜さんは抵抗することなく、優しく受け止め、包み込んでくれました。
体温と、感触と、芳香が、愛しさと名前を変えて心と体に沁み渡って。何度味わっても慣れない幸福感に酩酊してしまいそうです。
「もう……ネイルさせてほしいって話から……なんでこんなことになってるんだろう……」
「はてさて……どうしてでしょうねぇ……」
くっついたままそう返すものの、既に私の脳は働いていません。
今は経緯も理由も、もうどうでもいいのです。こうしてあなたと一緒にいられれば、この先もこうしてあなたと過ごすことができれば、ただ、それでいいのです。
「……凛菜さん」
「なに?」
「……なんでもありません」
「……ふぅん。……ねぇ氷浦」
「なんですか?」
「なんでもない」
「「…………ふふっ」」
二人で同時に笑みを零して、抱き寄せる力を強めて。
こうしてこの先も、体温も感触も芳香も、冗談も感情も未来も分け合って生きていけたら、他にはもう何もいらないと、私は心から、そう思えるのです。
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