第42話・許嫁、映える

「でね、氷浦、その……」

 ネイルの道具を片付けたあと、いつものソファにいつものように隣り合って座ると、

「はい、なんでしょう?」

 先程までの活き活きとした様子が一転、どこかモジモジするように凛菜さんは視線を泳がせました。

「氷浦ってさ、何か……SNSやってる? 」

「SNS、ですか? 」

 唐突な問いに私の脳も瞬時に思案モードへと切り替わります。――SNS? 今日こんにちまで一緒に生活していて一度も話題に上がらなかったワードがなぜ今、この瞬間に? いや……一切やってはいないのですが、まさか凛菜さんやっていらっしゃる……? それはそれはいろいろな種類のSNSがあるのは知っていますが、中にはネットの闇を煮詰めた場所と称されるものがあるのも知っています……! えぇ……凛菜さんのようなぴゅあぴゅあ様が!? そんな巣窟に!? どうしましょう……知りたい……凛菜さんのアカウント……いやでも許嫁と言ってもプライバシーは必要でしょうし……!

「あっいいのいいの。氷浦がどんなSNSやってても。詮索する気とかはないし」

 思考回路が熱を持ちフリーズしてしまった私を不審がってか、慌てて手を振り中断させた凛菜さん。

「もし他のSNSやってたら、そんなに抵抗感なく始められるかなぁと思って」

 ご自身のスマホをささっと操作すると私に画面を提示してくれ、そこに映されたアプリはパステルカラーのなんとも楽しげな雰囲気を醸し出しています。

「嫌だったら……全然いいんだけど……」

「えっと……これは……?」

「んと、ね。……簡単に言うと……写真を共有するアプリ、かな。撮った写真とか動画とか……コメントつけたりして……二人で見られるの。……二人だけで」

「っ」

「誰かに見せる感じのやつじゃなくて。二人の思い出とか……他にも例えば、氷浦がいない時に撮った写真とか……どんどんここに入れていきたいなぁって……」

 こ、これは……! いつぞやクラスのどこかで盛り上がっていた……カップルアプリなるものでは……!?

「私その……SNSとかは……ちょっと抵抗あるんだけど、これなら……やってみたいなって。……どうかな?」

「やりましょうやりましょう! 今すぐインストールいたしますので少々お待ちを!」

 そのアプリは界隈ではそれなりに人気のあるものらしく、ストアでカップルアプリと入力すればすぐさま上位に表示されました。レビューもそれなりに良し、ですね。まぁこういったレビューはあまり参考にならないことも多いのですが……。

「それで……次はここに情報入れて……」

「ふむふむ」

「あとはここをタップすれば」

「できました!」

 先駆者たる凛菜さんの導きによってあっという間に設定が完了! あぁ、今まで私には過ぎたものだと思っていましたが……スマホ、持っていて良かったです……!!

「じゃ、じゃあ早速……ネイル、撮って良い?

「も、もちろんです! どうぞ!」

 なんとなくツーショット自撮り連発を想像していたなんて言えません! ……そうですよね、ネイル……こんなに素敵なんですもん、真っ先に記録に残さなきゃですよね……。

「こう、かな。……よし。氷浦、次ちょっと手を軽く握ってもらっていい?」

「こうですか?」

「そうそう、ありがとう」

 凛菜さんは光が入る角度やポージングを凝りながら撮影を進めていきます。そりゃあご自身で描かれた作品ですから、被写体として一番輝く姿を追い求めているのはわかっているのですが……なんだか……変な気分になってきますね。指先しか撮られていないというのは重々承知しているのですが、だってこんな……熱が籠もったカメラレンズを向けられるのは初めてですし……。

「ふふっ」

 スッ、と、スマホが軽やかに移動したかと思うと、私の顔の正面で止まってからパシャっと撮影音が響きました。

「ほぇ!?」

「緊張してる氷浦の表情、ゲット」

「や、やられました……」

 不意打ちだなんて……可愛い! ずるい! 可愛い!!

「……次は笑顔ね?」

「は、はい!」

 もうネイルはいいのでしょうか? というか私一人が映ってる写真なんかよりもツーショット自撮りを! と言いたいのですが……凛菜さんがあまりに楽しそうなので言い出せません!

「んー硬いなぁ……ほら、リラックスリラックス」

 右手だけでスマホを持ち器用に撮影ボタンをタップしながら、左手で私の手を握ってくれる凛菜さん。リラックス……どころか……こんなことされたら……リラックスどころか……!

「なんか……笑顔っていうよりかニヤけてるって感じだけど……いっか」

 やがて撮影が終わると私のスマホに通知音がして、アプリには次々と私のハズカチイ写真がアップロードされてきました。さらに! 不意打ちで撮られた写真には『緊張してる許嫁さん、可愛い』とのコメントまで……! ぐぬぬ……嬉しいですけど……恥ずかしい!  これは……負けていられません!!

「次は私も凛菜さんを撮っていいですか?」

「えっ…………いい、けど……」

「ではさっそく!」

「待って!」

「なんでしょう!?」

 真剣、というか、どこか焦ったように手を伸ばして、私の動きを一時停止させた凛菜さん。

「限度をね、弁えてね。氷浦、変なスイッチ入ると怖いから」

「弁えますよ! 当たり前です!! 私が凛菜さんの写真を自由に撮影できる権利を得たからって変なスイッチが入るわけないじゃないですか!!!」

「もうなんか……既に怖いんだけど……」

 さて。

 世界に証明してみせましょう。許諾を得たなら私が一番! 凛菜さんを美しく撮ることができることを!

 ……えー、では。まずスマホのバッテリーが切れるまで、もしくは容量がいっぱいになるまでシャッターを切り続けましょう!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る