第41話・許嫁、ハマる

「凛菜さん……本当に、するんですか?」

「お願い氷浦。どうしても……もう我慢できないの」

「私なんかで……いいのでしょうか?」

「氷浦がいいの。……初めては、氷浦じゃないとやだ」

 知っていましたよ、凛菜さんがアレにハマっていることは。でもまさか……私にお声がかかるなんて……!

「……わかりました。そうとまで言われてお応えしないのは許嫁の名が廃れます。……では今晩、凛菜さんのお部屋で」

「ありがとう。絶対ミスらないようにするから。安心して来てね」

 正直、どうにかなってしまいそうで不安しかありませんが、誰か他の人に白羽の矢が立つくらいなら……私が受け止めます!!


×


「氷浦さん、部活対抗リレーは是非我がバスケ部に!」

「ソフト部だよね! 約束したもんね!」

「何言ってるの! テニス部だから!」

 六月。どんよりとした天候とは正反対な活気ある熱気がドッと押し寄せ、どなたからお返事すればいいのかアワアワしていた私の——

「ごめんねみんな」

 ——手首を軽く掴んで、凛菜さんは言い放ちました。

「氷浦、借りていい?」

「「「どうぞどうぞー!」」」

「ありがと」

 四月に催されたシアの歓迎会をきっかけに、私と凛菜さんの仲は周知の事実に。シア曰く、今やこの学校で私達を知らない人はいない……らしいです。あっという間過ぎて驚く暇すらありません。

「どうしたんですか? 凛菜さん」

 早足で前をゆく彼女に手を引かれたまま歩き、着いたのは階段の踊り場。すぐそこに屋上へ繋がるドアがありますが、鍵がないので開けることはできません。

「別に連れ出す程のことでも……なかったんだけど……」

「?」

「氷浦がみんなに囲まれてたから、ちょっと、ね」

 さっと距離を詰め私の肩にこてんとおでこを乗せ悪戯な声を出した凛菜さんは、私の右手に付いている五本の指を、自身の両手の指先でいじいじともてあそび始めました。

「ちょっと、いじわるしたくなっちゃっただけ」

 全然ちょっとじゃないんですが!?

 そんな優しく……さわさわ……ふにふにしないでください!!

「……私は……嬉しい限りですが……」

「本当? こういうの……迷惑じゃない?」

「迷惑なんてありえません! 私だって凛菜さんと二人で、一緒にいられる時間がなによりの幸せなのですから」

 そうなのです。

 実は、そうなのです。

 四月の一件があってから……学校やお出掛け中の……距離が……近いのです!

 ……お外以外では前とあんまり変わらないのですが……お家でももっと……っと、思ってしまうのは欲張りですね。

「良かった。……みんなに一生懸命隠してたの、今となってはバカみたいだね。周りの人なんてどうでもよくて、氷浦がいてくれたらそれで良かったのに。ずっと、わかってたのに」

「……気持ちや考え方が変わったんです、時間がかかっても仕方ありませんよ。私は今、凛菜さんがそう思ってくださっているこの今が嬉しくて、幸せです」

「うん。……ありがとう」

 弄ばれていた手のひらが解放され、続いて軽い、軽いハグ。もっときつく抱きしめられたい、いいえ私が抱きしめたい。とは思いつつも、あまり私からガツガツいって引かれてしまっては元も子ありません。きゅっと拳を握ってこらえます。

「あのね、体育祭……氷浦がなんの競技に出ても氷浦の自由なんだけど……」

 耳元で囁くように始まった本題。はい、脳が蕩けそうで集中できません。鳥肌、バレませんように。

「二人三脚に出るなら、私と一緒に走ってほしい」

「! わかりまし「わかってる。嫌だよね。私、氷浦と比べて足遅いし運動神経も鈍いよ」

「いえ、凛菜さん、あの「でもね、絶対頑張るから。最近運動も始めたし、文字通り足を引っ張るようなことはしない! ……ように、頑張るから」

「私の方こそ「というのもね、氷浦が誰かとずーっとくっついているのは……ちょっと……我慢できそうになくて」「凛菜さん!」

「な、なに?」

 どうしてそんなに慌てることがあるのでしょうか。あわあわとあてどなく宙を切っていた凛菜さんの手のひらをキャッチし、ぐぐぃと瞳を近づけます。

「一緒に頑張りましょうね!」

「へっ? えっ、いいの?」

「こんな嬉しいお申し出を私がお断りするわけないじゃないですか」

「そっ……か。えへへ」

 えへへて。えへへてぇぇえええぇぇえ~~~。私の許嫁様が可愛すぎて涙出てくるんですけど……。

 そして……そして遂に……私と凛菜さんが公の場でイチャイチャする機会が舞い降りたわけですね……! 見せつけてあげますよ、誰が凛菜さんの許嫁なのか! 私の許嫁が誰なのか!!

「あと、氷浦……今夜のことなんだけど……」

「っ、はい」

「不安かもしれないけど……私に全部、任せてほしい」

「不安なんてありませんよ。凛菜さんに全て委ねます」

「……ん、頑張るね」

 むぎゅっと、一瞬だけ。深くきつく抱きしめられて、心拍数は即座にピークへ。

 ええ、ええ。不安なんてありませんよ。理性が吹っ飛んでしまわないか、その一点を除いては……!


×


「どう、でしょうか」

「どうもこうも……え、おいくらですか……?」

「許嫁料金だから……プライスレス、ってことで……」

「~~~!!!」

 学校から帰って。ご飯を食べて。お風呂に入って。

 凛菜さんの部屋へ向かった私を待っていたのは、小さく輝く世界。

 そう、凛菜さんはアルバイトを始めて、の陳列や商品紹介を行ったことをきっかけにここ一ヶ月程ドはまりしていたのです。

 ――ジェルネイルに。

「どうしましょう……もう手を洗えないじゃないですかぁ~」

 私の指先はくゆる薄紫のグラデーションで彩られ、鮮やかなのに大人びて見えて。そんな中まばらに散った淡い白玉も可愛くて可愛くて……。

「そう簡単には落ちないから大丈夫だよ。……でも良かった、喜んでもらえて」

「こんな素敵なことされて喜ばないわけないじゃないですか! 私以外の誰にもしちゃダメですからね!」

「えっ? もっといろんな人で練習させてもらおうと思ってたんだけど」

「んぐっ……ならお金をとってください!」

「いや、練習させてもらう立場でお金もらうのは違うでしょ」

「んぐぐ~っ! なら……私も立ち会うしか……!!」

「あはは、いいねそれ。私がミスんないように見守ってて」

 も~~~そんな心中穏やかに見守れるわけないじゃないですか~!

 施術中、凛菜さんの指先が触れるたびに、真剣なまなざしが視界に入るたびに……想いが熱を帯びて強くなっていくのを実感するんですよ? もうこんなに好きなのに……全然天井が見えないんですよ……?

 はぁぁぁ~こんなこと誰にもしてほしくないです……けど……せっかく凛菜さんが見つけた趣味を……私が邪魔していいはずもなく……でもしてほしくないです~~~どうすればいいんですかぁ~~~~~!?

 

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