第18話・許嫁、魅せる
「あー気持ちよかった! ハマっちゃうかも」
「そ、それはそれは!」
サウナから出て軽くシャワーを浴びると、凛菜さんは火照ったお顔をほころばせていました。
……ふっ、この最高に可愛くて色っぽいご尊顔を拝めるなら……この先何度だって火の中水の中サウナの中……へっちゃらです!
き、きっと慣れますし……大丈夫……凛菜さんがハマっても問題ないです……私もお供できます……!
「……ここからも、海が見えるんだ」
「ええ。随分遠くまで見渡せますね」
洞窟スパから抜けると、そこは露天プールエリア。
まるで海と繋がっているような感覚に陥るほど距離が近く、のどかに揺れる相模湾、そしてその更に奥で聳える富士山の雄大さに、慌ただしく回っていた思考が停止させられました。
「露天プール……これもまた欲張りですなぁ……」
「ですねぇ……」
なぜかおばあさんのような語り口調でしみじみと紡ぎ、細い目をした凛菜さん。はぁ……老後もこんな感じで一緒にいたいなぁ……なんて遠い未来に期待してしまいます。
「私ね、」
二人で寄り添って心地よい沈黙を味わっていると、凛菜さんはぽつり、海岸線を眺めながら言いました。
「これから氷浦に……たくさん甘えちゃうと思う。だからね、うざったいなとか、面倒だなとか、イヤだなって思ったら……すぐ言ってほしい」
そんなこと思うわけない。とは思いつつも論点はそこではないはずなので、私もお願いをします。
「わかりました。その代わり私も同じです。凛菜さんはお優しいですし頭も良いので……私にだけは、決して、何も我慢しないでください」
「ん。頑張る」
ここで『頑張る』と返すあたり、凛菜さんらしいな~なんて感じながら、いつか、私の前では凛菜さんが頑張らなくてもいいように頼りがいがあって、信じられる人間になろうと、改めて誓います。せっかくなので、江ノ島の神々に。
「……今なら人居ないし……いいかな。…………ねっ氷浦」
「なんで………………す?」
眠たくなってしまいそうなほど甘く穏やかな時間が流れる中で、耳を撫でるような囁きに導かれ視線を凛菜さんに向けると――
「これ、可愛くない、かな?」
――眠気が、吹き飛びました。
「かッ…………!!!!」
控えめに、されどおヘソまで下ろされた
もちろんそこにあるのは――桃、源、郷……!
可愛くないわけないじゃないですかだって凛菜さんが着てるんですよ!? 色合いもひらひらも適度で非常に素晴らしいです! でもでもそれ以上に! だって! 刺激が! あぁやっぱり私の見立ては正しかったこんなに刺激が強いだなんて! もう……そんな……こぼれ落ちちゃいます……なんでそんな……もう!!
「……氷浦? っ――」
辺りの音をかき消すほど心臓が暴れ回り始めて。私はその勢いに全力で乗っかって勇気を振り絞り、自分の唇と、凛菜さんの唇を――。
「「……」」
瞳は閉じてしまったので彼女がどんな表情をしているかわかりません。
(誰かが近くに来たらやめよう。凛菜さんが押しのけたらやめよう。)
そんな私の臆病を、世界は咎めることなく見逃してくれて……長く、長く、とろけるような体温と、永遠に貪っていたい感触を享受していたら――だんだん、脳内が白い光と潮騒だけが満たされて――
「「!」」
団体の喋り声と足音が迫ってきてようやく、離れることができた私達。同時に遠のきかけていた意識も現実世界に戻ってきます。
「……だからダメって言ったんです。そんなことされて……我慢できるわけないじゃないですか」
言い訳のようにそう呟きながら瞼を開くと、凛菜さんはサウナから出たあとよりも頬を赤らめて、少し潤んだ瞳をしていました。
「なら……良かった。作戦成功、なんてね」
「!!!」
おちゃめにそんなことを言われたら……もう一度、いや何度だってしたくなってしまうのに……!
抑えきれない衝動をどうにかしようとして、凛菜さんの手を、指を絡めて強く繋ぎました。
相模湾を揺るがす程の大声で叫びたい五文字を伝えたくて握った手に五回力を込めると、今度は凛菜さんからも――四回ではなく――同じ回数が返ってきます。
「……」
「……」
言葉はありません。それでも今は、私と凛菜さんの抱いている感情が同じだと、信じられる。
そんな幸福に酔いしれながら、私はこれから先もずっと、千代に八千代に魅せられるのだと確信して、嬉しくなって——何度も何度も、繋いだ手に力を込めるのです。
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