第16話・許嫁、デレる
江ノ島におわします神々よ、御礼申し上げます。芸事を司る神の御前、金運を司る神の御前、そして先の岩屋に佇む竜神の御前ですらも、私は常に『必ず凛菜さんを幸せにしますから、どうか関係性が一歩近づきますように』とお祈りしていましたね。
「ねぇ、氷浦」
祈りが通じてあなた方が願いを叶えてくださったとは思っていません。実際にアクションを起こしてくださったのは凛菜さんなのですから。しかしやはり、神々が見守ってくれている、という感覚は非常に心強かったです。私一人では乗り越えられなかったかもしれません。そこんところ、感謝感謝です。
「ひーうーらっ」
だって考えられますか? あの凛菜さんが……私にひっついて歩いているんですよ? 信じられますか?
私の右腕一本に対して、凛菜さんは左手と指を絡ませながら、更に右手を使って肘のあたりをこう……ぎゅっとしてくださっているんです。
だから、ね、だって、そんなことしたら当たっちゃうに決まってるじゃないですか……その……お胸様が……ふにゅんってして、ずむってして……どうしましょう、人間って興奮し過ぎると本当に鼻血出そうになるんですね……。
「
凛菜さんが私の全てを受け入れてくれた今……私に必要なのは……節度!!
だってね、『もう何も、我慢しないでいいよ。』→『帷の思うままに何でもしていいよ』→『早く凛菜のこと好きにしてっ///』っという方程式だとは思いますが、それでも! だからこそ! 私に求められいるものは節度。
もしも今私が『何も我慢しなくていい』という言葉に甘えて我が腕に押し付けられる幸福の塊に手を伸ばしたとしましょう。例の冷たい視線かビンタが飛んでくることは間違いありません……!
「もー、氷浦っ!」
「ん………………。え、ちょ、っと、もう、凛菜さん……なんで、キス……したんですか?」
「だって氷浦ずっと上の空だし、丁度誰も見てなかったし」
「私が上の空でも誰も見てなくってもキスしたらダメです!」
「……ダメ、なんだ」
「ダメじゃないです! ダメじゃないんですけれど! 心の準備が必要なんですよ!」
し、死ぬ……死んでしまいます……人間砂糖だけ摂り続けたら死ぬんですよ……! なんですかこれは、どうして天国で死にかけてるんですか? 天国で死んだら人間はどこへ向かうのですか……?
「着いたよ。行こう?」
「……?」
……ええとなんでしたっけ。江ノ島神社の主要箇所は回りましたし、こうして凛菜さんと想いが通じ合った今、これ以上ここにいる理由って……。
「あっ良かったー、やっぱりレンタルの水着もあるみたい。急に買うのはちょっとハードル高いもんね」
「……みず……ぎ……?」
目の前にずんと聳える豪奢な建物、そして凛菜さんがチラリと見せた2枚のチケット……そこから導かれる答えは…………スパ。
すっかり忘れていましたその存在を!
そうでした、
……落ち着きなさい氷浦帷……ここで暴走すれば今日の全てが台無し。落ち着いて……お願いだから落ち着いて……。
「氷浦、どうしたの? いかないの?」
行ったら……水着……凛菜さんの水着姿……!
当然、行かないという選択肢はない……。
でも……!!
浮かれに浮かれた理性が大気圏すら抜け出しつつある今の私に、凛菜さんの水着姿を見ていろんなことを我慢できるとでもお思いで……?
否否否! 不可能ですよそんなの!
「……氷浦?」
「凛菜さん……私、私は……!!」
やめておきましょう。少なくとも今日行くべきではありません。
せっかく縮まった距離を
「……その……」
「っ。ごめんね、一人で勝手に浮かれちゃってた。大丈夫、どうせ貰ったものだしね。今日はもう帰ろっか!」
……そんな……そんな風に……楽しさを押し込めた寂しそうな笑顔を向けられたら……私……。
「…………違います! スパ大好きで! 感動のあまり言葉を失っていました! さぁ行きましょう凛菜さんっ!」
「本当? 体調が悪いとかじゃない?」
「まったくもって問題ありません! いざ征かん魅惑の楽園!」
「…………魅惑? 癒やしとかじゃなくて?」
「そうです! そう言いたかったんです! ちょっと言葉が出ませんでした! 失敬!」
「あはは、テンション高いね~氷浦。ずっと怖い顔してから……良かった」
朗らかに笑う凛菜さんが絡めた私の腕をひいて歩み始めます。もう……引き返せません。
結局私は欲望に……負けてしまい…………いいえ、違います!
この判断に私の欲望なんて一ミリも関係ありません! 私の狭量な自尊心で凛菜さんの楽しみを奪ってはいけないという紳士な倫理観! 溢れて止めどない正義感が私をそうさせたので――って、え、なんですか店前にズラリと並んだ色とりどりの水着達は、これ全部レンタルできるんですか!? えーどうしましょう! 凛菜さんにどれを着てもらいましょう!?!!??!
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