第22話・許嫁、懸ける
(凛菜さん、大丈夫でしょうか……)
チャイムが鳴って古典の授業が始まったというのに、未だ姿を見せてくれない許嫁に心配が募ります。
にしても私、さっきサラッとすごいこと言いましたね……心も体も……私のものとか……。でも凛菜さん……あんなに強く抱きしめ返してくれて……はぁ……完全に余計なことしましたよねぇ……何も言わなければ……絶対あのままずっと……あのままだったのに……!
「あっ戻ってきた。心配したんだぞ~?」
「すみません」
ガラッとスライドドアが開くとそこには、なぜか息を切らしていらっしゃる凛菜さん。ふふ、もしかしたらうっかりウトウトしてしまって、慌てて戻って来られたんでしょうか。想像するだけで可愛ら――
「なんだ、探してきてくれてたのか。さんきゅー」
「えっ?」
――可愛らしい凛菜さんの真後ろに……可愛くない表情で微笑んでいる……シア。
「ええ、迷ってしまった私を凛菜が見つけてくれたんです」
凛菜!!?!?!?!?!??!!? 私と血縁者以外が凛菜さんを呼び捨てにするとか大罪なのですが!?!!?
「いつの間に……というか、名前で呼ばないでってば」
「もう、照れちゃって可愛いわね」
「すっかり仲良しさんじゃないか。先生、安心したぞ」
良かった……ちゃんと拒否してくれてる……。というか本当に何が? 私がいない間に何が起きたんです!?
もしかしてシア……もう本性を現したんですか!? 流石に早すぎませんか!?
「さっ早く席に戻りましょう? 凛菜」
「触らないで」
「んっ!」
馴れ馴れしく乗せられたシアの手を、にべもなく
それ自体は身持ちの堅さを伺えて非常に嬉しいのですが……シアに対しては……逆効果……! というかむしろそうされることを望んでシアが手を乗せた可能性すらもあります……!!
「もう……凛菜ったら……うふふ……」
私には決して行われない粗暴で素っ気ない行為……本来であればフフンと鼻を鳴らして許嫁という優位性、そして凛菜さんから愛されているという優越感に上から目線でシアを
私もペシッってやられたい……! 凛菜さんに素っ気なくされたい……!! いやでも冷たくされすぎたら死んじゃう……。
「ほいじゃあ授業再開しまーす」
席に着いた二人を確認して再び教科書に目を落として解説を始める先生。
しかし……集中できるはずもありません。
私とシアは……幼い頃から何もかもがそっくりでした。境遇も、能力も、思考も……嗜好も。
だから……彼女が一瞬で凛菜さんに魅せられるのも納得というものですが……それでも、譲れない矜持というものがあります。
愛されるのも、ぞんざいに扱われるのも……全ての権利は私のもの! 決して誰にも渡しません!
×
なんとかしてシアの興味を凛菜さんから引き剥がす方法はないかと思案していれば、あっという間にお昼休み……。
しかし結局、具体的な方法は見つかりませんでした。なんて難しい! なんて強敵!!
世界を股にかけてホテル&リゾートを展開するテステートグループの令嬢として、幼い頃から徹底的な英才教育を受けてきた彼女に……果たして付け入る隙があるのでしょうか。
(だからこそ、認められて崇められてきた彼女だからこそ、他人から距離を置かれて
「凛菜ちゃーん! 一緒にご飯食べよ~!」
「「っ!?」」
遂に私を思考の鎖から断ち切ったのは、甘楽さんの吹き抜ける青空のように爽やかな声。これには私だけでなく凛菜さんも驚いているご様子。
「甘楽……なんで? 他に一緒に食べる人いるでしょ?」
「んー、クラス変わっちゃったし、どうせ部活で会えるし! 凛菜ちゃんのガードが緩くなった今年は打つべし打つべしってね!」
「なにそれ」
くっ……甘楽さん……なんて鋭い嗅覚をお持ちなのでしょう……。江ノ島より戻ってからというもの、凛菜さんは明らかに以前より、私との距離を縮めてくださっています。心だけでなく、体も。
私だけが特別と思いたかったのですが……『人との距離』という大きな括りで変化があったわけですね……。
「私もご一緒させてもらっていいかしら」
まるで何の瑕疵もない美少女のように二人へ声を掛けてあっという間に陣取ったシア。
いけません……このままでは……凛菜さんの中で私という存在が霞んでしまいます……!
かくなる上は……!
「あの」
カバンからお弁当を取り出し、向かうはもちろん――
「なになに? どしたの氷浦さん?」
凛菜さん、甘楽さん、シアという、異色の三人で構成させているグループ。
「その……」
去年は一度だって、誰かとお昼休みを共に過ごしたことなんてありませんでした。その方が気楽でしたし、凛菜さん以外の方とコミュニケーションをとる必要性も感じませんでしたから。
だから……知りませんでした。すでに出来ている輪に入るのって……こんなに緊張するんですね。
「私も、いい、でしょうか……」
「えー! 氷浦さんも!? 意外! なんで!? いや全然いいんだけど! というかもちろんいいよ! おいでおいで!」
慌ててスペースを作ってくれる甘楽さん。……うぅ……本能的にわかります……この人……良い人です……。
しかし……恋は戦争。情けをかけたり油断したりして敗北すれば、全てを失うことになるのです。
「「「「いただきます」」」」
まずはこの、新学期明け第一回の貴重なお弁当タイム。許嫁の矜持を懸けて! 凛菜さんからの好感度を爆上げさせてみせましょう!
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