第13話・許嫁、添える(前)

「それじゃあちょっと探してきますね」

「うん、お願いね、氷浦」

 ベンチに座って少女をあやす凛菜さんに代わって、不肖私めがお母様探しをすることに。

 ……あの子……ちゃっかり膝枕してもらっちゃって……羨まし過ぎますね……じゃなくて! とにかく今は持ちうる情報を有効活用して即時解決を目指さなくては。

 お母様の服装は今日の凛菜さんに似ているそうですが……カーキのトップスにブラウンのガウチョをさっと合わせているだけで最高にお洒落な凛菜さんに似てる……? 本当に? こんな格好良くて綺麗なコーデの人が江ノ島に二人もいるというのですか……?

「…………ええと……これはまた……」

 休日ということもあって流石に人が多すぎますね。私の背がもう少し高ければ見渡せるのでしょうけれど、悲しいかな、簡単に埋もれてしまいます……。

 地道に行きましょう、姿格好が凛菜さんに似ているのならば、私に見つけられないわけがありません!


 ×


 ああやって誰かに優しくしている凛菜さんを見ていると、初めて出会った日を思い出しますね。

 あれは小学二年生の頃、転校初日で誰にも何にもどこにも馴染めていなかった私を、貴女が孤独から救い出してくれたんですよ。

 困っている誰かに手を差し伸べるなんて凛菜さんにとっては『当たり前』のことでしょうから……きっと覚えていないでしょうけれど。

 なんて。

 追憶が始まってしまうくらいにはヘトヘトです。このままでは奥津宮おくつみやに辿り着いてしまいます……一人で。せっかく凛菜さんとデートをしているのに!

 ここは一度引き返しましょう。いいえ、私利私欲のためではありません。もしかしたら見過ごしてしまっているかもしれませんからね、ダブルチェックは基中の基ですから!


 ×


「こ、これは……」

「しぃー」

 二人が待つベンチへ戻った私へ突きつけられた光景はあまりにも……あまりにも…………

「……んっ」

「凛菜さん……?」

「大丈夫、ちょっとくすぐったいだけだから」

 ちょ、あの、ほんと、怒りますよ。私あんまり年齢とか関係なく怒れるタイプですよ?

 その人私の許嫁ですよ? 私の未来の奥様ですよ?

 膝枕は許しましょう。すやすや寝ちゃったのもまぁ~歩き疲れて泣き疲れて安心してって流れなのがよーくわかりますので涙を飲んで見逃します。

 でもですねぇ……!

 ふともも甘噛みするのはいかんでしょう!!

 ファーストふともも甘噛みを見知らぬ女児に奪われちゃったんですけど!?!?!??

 じゃなくて!

「凛菜さん、お召し物が……」

「いいじゃん洗濯すれば。寝かせてあげようよ」

 うぅ……更に撫で撫でも追加って……この女児は前世でどんな徳を積んだというのですか……??

 江ノ島で偉そうにしている神様諸賢、今すぐ嵐を巻き起こして人一人が飛び跳ねて起きるくらいの雷でも落としちゃってください……!

 などという私の最低な願いは――

千沙都ちさと?」

 ――もっとも人道に沿ったカタチで叶えられたのです。

 大道芸のパフォーマンスが終わったらしく人の群れが再び流れ始めると、その中から二人の女の子(しかも双子)の手を握りしめた奥様がこちらへやってきて、凛菜さんの膝で眠る女児――千沙都ちゃんに声を掛けました。

「っお母さん!!」

 たった一声で千沙都ちゃんは飛び起き、凛菜さんを捕らえた時のようにお母様の腰へダイブ。

 今度は泣かず、少し怒ったような声で「どこ行ってたの!」「遅いよ!」と繰り返しています。

「ずっと戻ってこなかったから……すっごく怖かった!」

「ずっとって……そんなに待たせちゃったかなぁ……」

 批難の声を浴びているお母様はごめんごめんと繰り返しながら、当然のように視線を私達――主に凛菜さんの方へ。

 向けられた凛菜さんは特に焦る様子もなく、

「お母さんですか? すみません、千沙都ちゃんには……少し、お話し相手になってもらってて」

 そう、スマートに言ってみせました。はぁ~~~~~~どうしてこうサラッとこういう言葉が出てくるんでしょう……好き……!!

「一緒にいてくれたのね! 迷惑を掛けてごめんなさい!」

 もしかするとややこしいことになってしまうのでは……と思いましたが、お母様もすぐさま状況を理解してくれたらしく、大きなお声+大仰なお辞儀で謝意を表してくれました。

「いえいえ、私達は全然。ね、氷浦」

「はいっ全然です、全然」

 全然……怒ってないですよ? あれ、そういう話ではないですか?

「あんた達が好き勝手動くからでしょ、ほら、お姉さん達と千沙都お姉ちゃんに謝りなさい!」

 そう促されると双子のかわいい姉妹は不承不承といった様子で「「すみませーん」」と平謝りをしてみせます。……将来大物になりそうですね……。

「全くこの子達は……。あなた達、本当にありがとうね。……ああそうだ、これ、良かったら使って」

「「?」」

 お母様は鞄を漁り、ピラっと二枚の紙を差し出しました。

「ここにあるスパの招待券。普通に施設使う分だったら無料タダになるはずだから」

「そんな、いただけません」

「もらってくれるとありがたいんだけどなぁ。この子達の面倒見ながらスパっていうのは……まだ早いっていうのを思い知りまして。ねっ、お願い」

「……ありがとうございます」

 私達に気負わせないよう配慮してくださったお母様のご厚意に甘えチケットを受け取り、四人とお別れして再び散策へ。

 別れ際しきりにこちらを振り返っていた千沙都ちゃんの瞳……あれは完全にオちてますね。ですが残念、あなたがもっと大きくなる頃、凛菜さんは私にそりゃあもうメロメロのトロントロンに……なってる予定ですから! してみせますから!

 もしも運命的に再会なんてしたって絶対無駄なんですからね!

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