第23話 優と雅①
優と雅の互いへの第一印象は最悪だった。
こいつ、何一人でクールぶっているんだよ。感じわりぃ!
こういうお節介焼きってどこにでもいるんだよな。よく知りもせずに説教ヅラ、ウザっ!
互いに何の遠慮もなく、心の中でそう呟いた。
高校二年の春、たまたまクラスが一緒になり、席が前後して座っただけの関係のはずが、最悪の出会いになったのは些細な出来事のせい。
新学期が始まって初めてのテストが返された日。
優は返却された答案用紙を見て憂鬱な気持ちになっていた。
正に平均点。
俺らしくて反吐が出る。
いちいち親に見せる年でも無いので、答案用紙は即ゴミ箱行きだ。名前の上をサインペンで塗り潰す。
もったいないから紙飛行機でも折るか……
投げやりな気持ちになってそのまま窓の外へ放りだした。風に乗りきれなかった紙飛行機は、飛ぶと言うよりはほぼ真っ直ぐに下へ落ちていく。
俺みたいだな。
そう思いながら、もう飛ばしたことも忘れて机に突っ伏して寝始めた。
そんな優を揺り動かしたのが、前の席に座っていた雅だった。
「おい、こんなもの飛ばすなよな」
「……」
面倒くさくて顔はほとんど上げずに、雅に視線を向ける。
目の前にさっき飛ばしておさらばしたはずの答案用紙が置かれた。
わざわざ中身を開いて持ち主確認したのか、こいつ。って、ちゃんと名前を塗り潰しておいたのに、なんで俺のだって知っているんだ?
「俺のじゃねえよ」
「名前が書いてある」
「!」
確かに、サインペンをただ上から塗りたくっただけでは、下の名前が塗りムラのように浮き出てしまっていた。
くそっ! やっぱり俺は詰めが甘いんだな。
むっとして引ったくるように引き取った。
どうせ中途半端な点数を笑いに来たんだろうと思ってうんざりした気持ちになったが、雅の言葉は想像と違った。
「危うく目に刺さりそうだったぞ」
「はぁ? だっさ」
「なんだと」
正義感が強い雅は、カッとなって優に喰らいついた。
「上から物を落下させる時は、下を通る人のことを考えるのが当たり前だろ。もし怪我でもしたらどうするんだ!」
「紙飛行機でケガする奴がいるかよ」
「わからないだろう。それに気を取られてつまずくヤツだっているかもしれない」
「だから、それはとろい奴のすることだ。普通はそんなことにはならねえよ」
そう言った優の胸倉を掴んで、雅が低い声で言った。
「とろい奴が悪いような言い方するな」
そう言って鋭い眼光で一睨み。突き放すように手を離すと、そのまま前を向いて座った。
何をいきっていやがる。
優は熱い雅を冷めた目で見ながらも、強烈に羨ましい気持ちが沸き上がってきた。
こんな風に真っ直ぐに物を言えたらいいのにな。
とろい奴を悪いような言い方……この言葉はブーメランのように優の心を抉った。
そうだよ。とろい奴は悪いんだよ。自分のことを卑下して何が悪い!
いつでも、どこでも平均点の自分。
真ん中と言えば聞こえは良いが、何者にもなれない不確定さがヒシヒシと迫ってくる。特に夢中になるモノも無く、得意と呼べるモノも無い。
これからどうやって生きて行けばよいのか。どこへ向かって進んで行けばよいのか。悩みはつきない。
その上優の目の前には、五歳年上の出来の良い兄、
文武両道、性格も爽やかで、優のことも陰ひなたに支えてくれる最高の兄。
出来過ぎだよと言いたくなるくらい。
兄は本当に素晴らしいのだから、それに対して異議を唱える気は無い。
もちろん、優は兄のことが好きだった。
でもだからこそ、意識しないわけにはいかないのだ。
「おい、お前」
雅が急に振り向いた。
「何拗ねているんだよ。世の中全部面白くないって顔しているぜ」
ああ、そうだよ。そして、お前のようなお節介野郎が一番嫌いなんだよと思いながら、優は無視してまた机に突っ伏した。
「別にいいけど」
そう言って背を向けた雅。それっきり、振り向くことは無かった。
だが、前後して座っていれば、否が応でも互いの顔を見ることになる。世話好きな雅が、何かと優に声を掛けて来るので、鬱陶しいなと思いつつ、つい優も返事を返す。
なんともデコボコな関係ながらも、クラスの中で一緒に過ごす時間が増えていった。
知り合って直ぐに、優は雅がシスコンだと気づく。四つ歳下の千歳は中学一年生。
クラスの女子の話題になるといつも、『俺の妹は』と枕詞のようにつける雅。
こいつの妹は、嫁に行く時大変そうだなと気の毒に思った。
でも、何だかんだと言って自分のことを構ってくれる面倒見の良さは、妹思いの兄特有のものなのだろうなとも思っていた。
そんな優に雅も言う。
「お前、ブラコンだな」
「んなわけあるか」
シスコンにそんなこと言われたくないと、優は不快感を露わにする。
「だって、俺が褒める度に素晴らしい兄貴を引き合いに出す」
「お前に褒められても別に嬉しくない。ウザいからそれ以上言われないために、俺なんかより上がいるって話をしているだけだ」
「でも、兄貴のことは本気で認めているんだろう?」
「それは事実だからな」
「俺も本当のことしか言わない」
「お前……よくそんな臭いセリフ言えるな」
「優、お前は自己評価が低すぎる。お前はモテる。クラスの女子の半分はお前をカッコいいと思っている」
「半分かよ」
「そ、残りの半分は俺のことをカッコいいと思っている」
「……」
「馬鹿! 本気にすんなよ」
そう言って笑った雅。
「いや、本気にするわけねえだろ。お前の花畑頭に呆れてんだよ」
ぶつぶつと反論する優をスルーする雅。
「もっと自信持てよ」
優の肩をバシッと叩いた。
「いてえよ!」
「ふん」
なんだかんだと言いながら、雅のストレートな誉め言葉は、優を劣等感から救ってくれていたのだった。
高校の間は、クラスが変わっても何かと一緒に過ごしていたが、別々の大学に行き始めてからは、連絡を取ることもめっきりなくなっていた。
そんなある日……優は久しぶりに、駅で雅を見つけた。
だが、その顔はかつての明るいお節介焼きの雅では無かった。
暗くて青白い、生気を失った顔。
この世の全ての絶望を集めたような悲壮な顔。
ほどなくして、雅の妹が交通事故で亡くなったことを知った。
シスコンの雅の嘆きは想像すらできない。
どうしたらいいかわからないまま、それでもさり気なく連絡を入れてみた。
結局、半年の間、返信が来ることは無かった。
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