第6話 イケメン花屋
新作の桜のクッキーを持って訪れた雫は、店内に群がる女子高校生に目を白黒させた。いつも静かな『フルール・デュ・クール』に、今日は楽し気な笑い声が溢れている。
雪菜が発信した『#イケメン花屋さん』と言う投稿でこの店のことを知った友人たちが、イケメンを生で見ようと押しかけたのだ。にこやかに対応している優と雅だったが、何枚も写真を撮られて困惑気味だ。入り口で逡巡している雫を見つけて、渡りに舟とばかりに女子高生をかき分けてやってきた雅。
「いらっしゃいませ。今ちょっと立て込んでいて。良かったら奥でお待ちいただけませんか?」
雫の手を引いて店の奥まで引っ張っていく。
「わあ、もしかして彼女さんですか。かわいい~」
「えー、残念。雅さん彼女いるんだ」
「優さんは彼女いるんですか~」
口々にそう言いつつも、それは本当に答えを聞きたいわけじゃ無くて、口から流れ出るように投げかけているだけと言う程度。そんな軽い調子の言葉の波に乗り切れず、三人が戸惑って答えずにいる間も、会話は次の話題へと移っていった。
「すみません。そろそろお客さんも増えてくる時間なので、要件が済んだ人から店の外へ移動していただけませんか?」
雅の言葉に、「「「はーい」」」と素直に返事をした彼女たちは、「また来ま~す」と言いながら背を向けた。
「あ、わたしちょっとこの飾り欲しいから、先行ってて。追いかけるから」
雪菜はそう言ってレジにテディベアのフラワーピックを持ってきた。
「あの、お騒がせしてすみませんでした。みんながどうしても来てみたいって言って……」
「大丈夫ですよ。ちゃんと宣伝してくれてありがとう」
優が優しい眼差しでそう言うと、雪菜はほっとしたように胸を撫でおろした。
「後……この間は素敵な花束を作ってくれてありがとうございました」
「どう? 上手くいった?」
「え!」
「おい、雅!」
優に睨まれても気にしない様子で、雅は雪菜の顔を真っ直ぐに見つめている。
「やっぱり気づいていたんですね。私の気持ち。私の方がわかっていなかった……」
「そっか」
ふわりと笑った雅。ポンと励ますように雪菜の肩をたたいた。
「人生は長いから。チャンスは一回きりじゃ無いよ」
「いえ、もう彼女いたみたいで」
「それでもだよ」
「え?」
驚いたように顔をあげた雪菜。
「彼女いたらダメじゃないですか」
「今言ったよね。人生は長いって」
雅が達観したような穏やかな表情で続けた。
「今付き合っている二人が、一年後も付き合っているとは限らない。それと同時に、君が一年後もその彼を好きかもわからない。でも……縁があったら、また巡り会う時があるさ。だから、落ち込まないで」
「はあ……」
横で聞いていた優が、はあっと呆れたようにため息をつく。
「おまえなぁ」
続けて小言を言おうと口を開きかけたところで、雪菜が急に笑い出した。
「あはは。なんかそう言われたら、どうでもよくなりました。私、告白する勇気も無いし、タイミングも悪いしで、自分で自分が嫌になって落ち込んでいたんですけれど、なんか今の話聞いたらまだまだこれからだなって、謎の安心感が生まれた」
顔を上げて三人を見回すと、ペコリとお辞儀をした。
「ありがとうございました。元気出ました。また、お花を見に来ていいですか?」
「いつでも、お待ちしていますよ」
にこやかに頷く優が止めるより早く、雅が調子に乗った一言を放つ。
「何度でも作ってあげるから。また君が誰かに気持ちを伝えたくなったら、いつでもおいで」
「はい!」
弾む足取りで出て行く雪菜を見送ってから、優がまた雅に拳骨をおみまいする。
「まったく。店長の俺よりも店長らしいこと言いやがって」
「いて!」
大げさに顔を歪めた雅。
「『お客様の心を映す花束を作ること』って言う店長の教えを守る、優秀な店員を雇えて幸せと思え」
口の端を上げて優も言う。
「ああ。幸せだと思っているよ」
まさかそんなにストレートに切り返されるとは思ってもいなかった雅。急に居心地が悪そうな顔になる。
横で二人の様子をニコニコ見つめている雫に助けを求めるように視線を送った。
「『お客様の心を映す花束を作る』ってお店の考え方、素敵ですね。だから私に苔珊瑚をくれたんですね」
さらにバツの悪そうな顔になった雅。ニヤリとする優。
「そうは言っても、『心を映す』なんてのは言うほど簡単じゃないからね。本人も気づかないような心もあるし、触れられたくない時だってあるだろうし」
しんみりと言った優に、雫が慌てて告げた。
「でも、私の心は映し出してくれました。わかってもらえたって言うか、それでいいんだよって言ってもらえたような安心感を貰って、嬉しかったんです」
「そう言ってもらえてほっとした」
心から安堵したような優。素早く復活した雅の表情。
表情豊かな二人を見つめながら、雫は言葉を尽くしても伝えきれない感謝を噛みしめる。
だから、作っているんだわ。私。
手元のクッキーに視線を移した。
「あの、桜の花のクッキーを作ってきたんですけれど、良かったら味見していただけますか?」
「お、いいね」
「雫さん、いつもありがとう。ちょっと休憩するか」
イケメン二人にスイーツって絵柄も似合うなと思いながら、女子高生たちのように無邪気にスマホを取り出せない雫は、せめてもと心の中のシャッターを切りまくったのだった。
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