第50話 おんなじなんです

 今度は申し訳無さそうに眉を寄せた舞美。


「それで、どうしても……お店の役に立っているところを見せたくて……柏木さんのところへ日参しました。ご迷惑おかけしてごめんなさい」


 もう一度、深々と頭を下げた。


「そんな経緯があったんだね」


 柔らかな瞳で舞美を見つめながら、礼司は心からの言葉を伝える。


「さっきも言った通り、舞美さんの粘りに感謝しているよ。俺の気持ちは変わらない。君に出会えて良かった」


 舞美の瞳が大きく見開かれた。

 小さな驚きと戸惑いの色が浮かんだ後、少しばかり頬を朱に染めて俯いた。

 だが、返ってきたのは、あくまでビジネスライクな言葉だった。


「柏木さんにそう言っていただけて安心しました。これからもよろしくお願いします」


 どうやら言葉の端々に俺の気持ちがダダ漏れてしまっているな……


 心の中で苦笑しつつ、舞美の先ほどの反応はどういうことだろう。脈があるのかどうかと気になってしまう。


「こちらこそよろしく!」

「あ、鰻が冷めちゃいますね。早く食べましょう」


 慌てて箸を取る舞美に頷き返しながら、礼司は鰻よりも舞美から意識が離せないでいた。


「俺から見ると、優君も雅君も今の仕事を楽しんでいるように見えるよ。だから、舞美さんが二人のキャリアに負い目を感じる必要は無いと思うけど」


 少しでも舞美の心を軽くしてあげたくて、第三者的感想を伝えてみる。


「柏木さん……なんでもお見通しですね。私、つい最近までそのことに気づいていなかったんです。早くしっかりして、二人を自由にしなきゃって、自分の一方的な意地を押し付けようとしていて」


 そう語る舞美の瞳は明るかった。


「でも、ようやく分かったんです。二人は自分の意思でこの店に居てくれるんだって。だから、素直に頼ることにしました」


「そうか。君達は最高のチームだね」

「あら、柏木さんもですよ。柏木さんも私達のチームにいなくては困るんですから」


 舞美のその言葉を素直に喜びつつも、礼司はなんとも言えない敗北感を味わっていた。


 舞美さんも優君も、互いに自由にさせてあげたいと思っていたんだな……


 自由って何から?

 それは『フルール・デュ・クール』という花屋。大切だからこそ、囚われ捨てられない軛。

 

 その裏にあるのは、二人の諒さんへの思慕だ。


 あまりにも大きな存在がぽっかりと消えてしまって、一方通行になってしまった想いを昇華できなくて、辛くて逃げ出したくて、でも本当は逃げたくなくて。


 そうやって葛藤しながら店を守ってきたんだろうな。


 ああ、完敗だ―――

 いや、勝ち負けの問題じゃないけど。


 堂本諒と言う男の魅力をひしひしと感じた。


 舞美さんも優君も、諒さんを忘れられるわけが無い。でも、だからこそ優君は俺の背中を押してくれたんだな。


 繊細でさり気ない気配りに、勇気をもらう。


 優君に認められた……ちょっとは自惚れてもいいのかな。

 思い切って彼女に気持ちを伝えてみようか。


 タレのよく沁みたご飯と漬物を頬張りながら気合を入れていると、呟くように舞美が話し始めた。


「ずーっと意地を張ってきたけれど、本当は凄く感謝しているんです。一人じゃとても続けられませんでしたから」

「そうだよね。一人で抱え込むのは難しい」

「それに……」

「それに?」


 邪気の無い瞳が表情豊かによく動く。


「優君がお店に居てくれると安心するんです。無口なんですけどね。よく周りのことを細やかに見ていてさり気なくフォローしてくれるから、大丈夫って思えて」

「確かに。彼は信頼できる」


「ですよねぇ。それなのになーんか自己評価が低いみたいなんです。自分に厳しいと言うか、謙虚過ぎると言うか……私、一応社長なので、社員の自己肯定感を上げられるような職場にしたいんですけど、柏木さんは何か工夫されていますか?」


 唐突に仕事モードに引き戻されて、礼司は心の中で「参ったな」と笑うしかなかった。


 折角、告白しようと思ったのにな。


 そんな礼司の葛藤には気づくことなく、舞美は期待を込めた目で見つめてくる。


「そうだな……うちの場合は、育成日誌を書いてもらっていて、それについて一緒に話し合いながら進めているんだけど、花が応えてくれるとね、目に見えて自信に繋がるんだよね」


 社員一人一人の顔を思い浮かべながら語る礼司の顔は、穏やかな笑みに包まれていく。見つめる舞美にも、温かい心が伝わってきた。


「柏木さんがどんなに皆さんのことを大切に思われているか、伝わってきました」

「いや、そんな立派な事じゃ無いんだよ。それを言ったら、舞美さんが優君と雅君を大切にしていることもちゃんと伝わってくるし、多分、優君も雅君も分かっているよ」

「……そうなら……いいんですけど」


 最後の一口を食べ終えて、満足そうに微笑んだ舞美が「あっ」と声を上げた。


「優君の自己評価が低い理由、ちょっと分かった気がしました」

「どういう理由だと思ったんだい?」

「いつも諒君と比べちゃうからかも。全然タイプが違っているのに」

「……確かに、出来のいい兄を持つと苦労するかもしれないな」


 再び切ない顔になる礼司。それでも逃げずに話を振っていく。


「舞美さんから見て、諒さんってどんなタイプだったのかな?」


 一瞬、舞美の瞳が揺れた。だが、直ぐに冷静な思考を巡らせ始める。


「周りを巻き込むのが上手ですね。彼が笑うと大丈夫って思えて、一緒にいると力をもらえて。いつの間にか良い自分、良い未来が見えてくるような。本人も根っからの能天気タイプ」


 そう言ってくすりと笑った。


 太陽のような男だな。ムクムクと湧き上がる対抗心を必死で抑え込む。


「でも、優君はじっくりとみんなの動きを見ていて、足りないところをカバーして危険を回避するよう先手を打ってくれて……縁の下の力持ちタイプ、ですね」

「なるほど」


「だから、全然違っているけど、一緒にいると安心できるって言うところはおんなじなんです」


 ん!?


 無意識なのだろうか―――


 礼司の胸がちくりと疼いた。


 彼女は、優君がお店にいると安心できると言った。でも、お店の話だけじゃ……ないかもしれない。


 ふと湧き上がった疑念が、どす黒い幕を広げていくのを振り払うように、礼司は良い人を演じた。


「その事を、優君にそのままの言葉で伝えてあげたらいいんじゃ無いかな。違っているけど、同じ魅力を持っているんだってね」

「柏木さん……」


 舞美がたじろいだような気がした。でも、それはほんの刹那のことで、直ぐに笑顔に切り替わる。


「流石ですね。そうですよね。率直な言葉でなければ人は動かせませんものね。ありがとうございます」


 あくまでビジネス上の話として続ける舞美の様子に、礼司は疑念を確信に変えた。


 そうか……


 無意識に蓋をしているんだな。


 そして、ほうっと小さく息を吐いた。


 


 


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