第47話 パークガーデンコンテスト

 切り花の鮮度チェックをしていた舞美が、急に思い出したように言う。


「来週の定休日、柏木さんからパークガーデンコンテストを見に行かないかって誘われたのよ。柏木さんのお知り合いの方も出展されているようで、色々勉強になるからって。優君と雅君はどうする? もし興味があったら一緒に、あ、でも定休日だからだめだわ。無し! 今のは無し」


 一人で納得して話を終わらせてしまった舞美を、複雑な表情で見つめる優。二人を見比べる雅。


「定休日にまで勉強なんて、ワーカーホリックになっちゃいますよ。舞美さん、その日は出勤扱いにしてください。シフトの一部に組み込みましょう」


 雅の提案にぱあっと顔を輝かせた舞美。


「そうよね! そうすればいいんだわ。じゃあ」

「あー、俺はパス。義姉さんごめん。雅もデートだろ。雫さんは直ぐ遠慮するからお前が配慮しないと」


 流れるように拒否した優に、ハッと顔を強張らせた舞美。


 しまった! 休みの日まで拘束したらダメに決まってるのに。私ったら。


「あ、そうだよね。二人とも急にごめんね」


 しゅんとした顔で仕事に戻った。


「優、お前······」


 言い掛けた雅を瞳で留め、優も仕事に戻ってしまう。


 あ~あ。


 小さくため息をついた雅はカウンターに入ると、こっそり二人の観察を再開した。


 ここのところ、いい感じだったんだけどな。何かあったのかな?

 そう言えば、柏木さんから舞美さんに誘いの連絡がきたって言っていたな。って事は······


 そこでハタと気づく。


 そうか! そういうことだったんだ。

 ん? でも、舞美さんは気づいてないようだぞ。柏木さんの真意に。


 これはまた、複雑。展開が読めないな。


 再び雅はほうっとため息を漏らしたのだった。



 当日、舞美は動きやすいパンツスーツに身を包み、スケッチブックを入れた大きめのトートバッグを抱えて待ち合わせ場所ヘ向かった。


 専門家の意見を聞きながらガーデンデザインを学べる最高のチャンスなんだから。遠慮しないでどんどん質問しよう。


 気合を入れていたら、「待たせてごめん」と甘やかな低音ヴォイスが降ってきた。並び立つ体躯は均等が取れていて、ふわりと花の香が漂ってくる。


 朝からお仕事されてきたのね。やっぱり熱心で尊敬できる方だわ。


 ドキリとして慌てて言い添えた。


「いえ、私も来たばかりです」

「そうか、良かった」


 にっと笑えば白い歯がこぼれ、温かな安心感に包まれた。

 ノージャケットだがきちんとアイロンのあてられたドレスシャツは、ラフなのに礼儀正しい印象。とても似合っているわねと思った瞬間、舞美は急に自分の姿がやぼったく感じられた。


 こんなカッチリスーツじゃ不釣り合いだったわ。

 花は愛でるもの。感性を失ったら終わりなのに。


「ふふっ。舞美さんはいつでも一生懸命ですね。俺の知り合いにも紹介したいから名刺を用意しておいてくださいね」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 舞美の気持ちに気づいたかのように、すかさずフォローしてくれた礼司に感謝の念が湧き上がる。


 やっぱり、柏木さんは凄い方ね。


 キュッと鞄に手を添えると、気合を入れ直して礼司の横へ並び立った。


 

 都内で屈指の公園内。均等に区切られたスペースに、デザイナーが思い思いに作り上げた小さな世界。実際の季節は秋にも関わらず、広がる庭園は季節感覚まで変えてくる。


 流石だわ。やっぱり来てよかった。


 礼司が今日を指定したのは、舞美の店の定休日に合わせた訳では無くて、コンテスト審査のために製作者と採点者が集まる日だったから。人脈を広げ知識を蓄える、絶好のチャンスでもあった。


 今回のコンテストでは礼司が育てた花苗を使ったデザイナーもいるようで、庭園内に入った途端声をかけられ続けていた。横にいる舞美をさり気なく紹介してくれるのは有り難かったが、本来はそこまで社交的でない舞美には華やか過ぎる世界に見えた。


「柏木さん、私、この辺りをもう少しゆっくり見たいので、お昼頃合流でもよろしいでしょうか?」


 次回の依頼案件について話し始めた顧客に対応しながら、チラチラとこちらを気にしている礼司にこそっと囁くと、舞美はそうっとその場を離れた。

 

 自由の身になった舞美は、夢中になって庭園のスケッチをしていた。

 写真で撮るだけでは分からないことを知りたくて、一つ一つに目を向ける事が大切に思えたから。

 花壇のレンガの色。石畳の配置。植物の植え方にはデザイン的な観点だけでは無くて、生育スペースを確保して持続可能にしなければならない。そんな製作者の意図をなぞるようにスケッチするのが、一番勉強になる。


「熱心だね」


 背後に熱を感じて振り向けば、感心したように手元を覗き込む礼司の瞳と鉢合わせた。にこりと爽やかに微笑むと、流れるように声をかけてくる。


「舞美さん、そろそろ昼飯行きませんか?」


 舞美の心臓がトクンと波打った。ドギマギと時計に目をやれば、とうに一時を回っていた。


 ああ、もうこんな時間······


「ごめんなさい。夢中になっちゃって。柏木さんをお待たせし過ぎました」

「大丈夫ですよ。俺も今終わったところなので。それにしても絵が上手ですね」

「あ、ありがとうございます。見様見真似で、お恥ずかしいです」

「いや、デザインのパース画を見ているようで、凄くイメージが伝わりやすいですよ」

「そうですか。嬉しいです」


 素直な舞美の笑顔に、今度は礼司の鼓動がトクッと跳ねる。


 彼女の笑顔······もっと見たくなるな。


 初めて舞美と会った日の事を思い出した。


 


 


 


 


 

 

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