Episode 11 ブルースターの信頼

第46話 柏木花園の社長

 秋風が冷気を含み、街路樹も少しずつ色を変え始めた頃。

『フルール・デュ・クール』の店頭に見知った人が顔を見せた。

 年の頃三十代後半。筋肉質な浅黒い肌、精悍な顔立ち。ぱっと見た印象ではスポーツ選手のような雰囲気を醸し出している。


「いらっしゃいませ。あ、柏木さん!」


 店番をしていた優と雅が嬉しそうに顔をほころばせた。


 柏木花園の社長の柏木礼司かしわぎれいじだった。


『フルール・デュ・クール』の花々は、花市場や仲卸から仕入れたものと、この柏木花園から直接取引している二通りの流通経路があった。

 柏木花園は、家族経営ながら積極的に実験的な取り組みを重ねていて、とても品質の良い花々を作り出している。それは、柏木花園の息子であり、先日社長に就任した礼司による改革の賜物だった。


 諒が亡くなって店の存続が危ぶまれた時、諦めきれないと言った舞美が自らの足で探し出した取引先だった。

 少しでも近場から新鮮な花材を仕入れたい。舞美のその情熱に感動して、まだ軌道に乗るかもわからない店へ積極的に取引をしてくれた、いわば『フルール・デュ・クール』にとっては恩人のような人でもあった。

 

「すみません。今社長舞美は外出中なのですが」


 優の言葉に軽く手を振りながら、「いや、別に取引の話じゃ無いよ。どんな感じかなと思って。売れてるかなとかお客様の反応とか、軽く確認しておきたくてね。ちょっと寄らせてもらったんだよ」と店内をぐるりと見回した。


 やっぱり、柏木さんは研究熱心だな。この情熱が、今の柏木花園の品質を保っているんだろうな。


 優にとっても雅にとっても、柏木礼司は憧れの存在であった。


 仕事モードの厳しい目で花の状態を確認し、陰からそっと客の状況を眺める。しばらくそんな風にしてから、客の途切れた合間には二人と気軽な話題で笑い合う。格好良い生き様をリアルに見せてくれるのだ。


 だが、今日の目的は、仕事だけでは無かったようだ。


「優君、その……」


 珍しく言い淀む。


「久しぶりに飲めるかな?」


 そうっと優にだけ囁いた。直感的に舞美の事だろうと悟る。冷や汗が流れるような嫌な肌の感覚に耐えながら、笑顔で答えた。


「ええ、大丈夫です」



 仕事が終わってから、待ち合わせの居酒屋へと向かう。奥の席で既に一杯始めていた礼司が、さっと手を上げて誘った。


「遅くなってすみません」

「いや、こちらの方こそ疲れているところ悪かったね。まあ、一杯やってくれ」


 そう言って、グラスにビールを注いでから、あれこれつまみの注文を追加してくれた。その様子が実にスマートで、それなのに優の好みも把握してくれていて、記憶力の良さに舌を巻く。


「優君は幾つになったんだ?」

「二十八になりました」

「そうか。出会った頃は初々しい新卒社員みたいな感じだったけれど、ずいぶん落ち着いて頼もしくなってきたな」

「いえ、まだまだですよ。でも、柏木さんにそんな風に言ってもらえて自信が持てました」


 ニカッと爽やかに笑う礼司。包まれるような男の色気も充分だ。


 こんな男性なら……

 舞美さんもきっと。


 乾杯とグラスを合わせてぐいっと飲み干した。

 喉がカラカラだったからと自分に言い訳する。本当は飲まずには居られないって心境なのだが。


「店の方も落ち着いてきたから、新しいアイデアに着手しやすい環境が整っただろう? 協力できることは言ってくれ。『フルール・デュ・クール』は俺にとっても特別な思い入れがある取引先だからな」

「いつもありがとうございます」


 まずは腹を満たしながら、仕事や日常的な話が続いた。


 だが、遂に―――


 柏木の真剣な眼差しが優を捉え、予想通りの話題に触れてきた。


「つかぬことを聞いてもいいかな?」

「……なんですか?」

「優君のお兄さんって、どんな人だったのかなと思ってね」


 さり気ない口調で切り出されたが、微かな迷いも感じられた。


 だから、優も素直に兄への思いを伝えたくなった。

 明るくて優しくて最高の兄だったと、穏やかな瞳で語る優を見て納得したように頷く礼司。


「やっぱり、素敵な男性だったんだね。忘れられないだろうな……」


「ええ、そうですね。忘れるなんて出来ないですね。でも……もう亡くなっていますから。俺は義姉さんには、新しい幸せを掴んで欲しいと思っています」


 きっぱりとした口調でそう言い切った優を、驚きの表情で見つめた礼司。


「ごめん。バレバレだったね」


 と恥じるように呟くと、「ありがとう」と言って静かに頭を下げた。

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あなたの心贈ります 〜イケメン花屋『フルール・デュ・クール』〜 涼月 @piyotama

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