第8話 『好き』が巡り会う日

 雪菜の足は、そのまま病院へと向かった。

 この間は躊躇した病室の入り口を、勢いよく通り抜ける。


 ウトウトと眠りかけていた克己は、雨の匂いと共に飛び込んできた雪菜を見て、驚いたように目を開けた。


「お、中村」

「こんにちは。どう、怪我の様子は」

 後ろ手に花束を隠しながら、声をかける。


「まあまあってところかな」

「そっか」

「見舞いに来てくれたのか?」

「うん」

「悪いな。雨なのに」

「別に。雨でも平気」

「ありがとな」


 そこで、二人の言葉が途切れた。照れた様に顔を背けた克己に、どうやって言葉を切り出すか。歩いてくる間中一生懸命考えてきたのに、いざ目の前にしたらやっぱり簡単に言葉なんか出てこない。

 これは花束にすべてを託すしかないわね……と思い定めて、グッと手に力を込めた。


 その時、克己がポツリと呟くように言った。


「こんなんじゃもうゴールするところ見せられないな」


 雪菜の心がトクンと跳ねる。


 克己、覚えていてくれたんだ!


 二人で話しながら帰った道すがら。熱心にサッカーの魅力を語る克己の横顔があまりにもキラキラしていたから、思わず口にした雪菜の言葉。


『県大会、私も見に行きたいな。松波君のゴール、見てみたい』

『お、授業さぼって見に来るか? 任せろ。最高のシュートを見せてやるよ』

 

 そう言って自信満々に笑ったっけ。


 思い出したら胸の奥がぎゅっとなって、雪菜は声のトーンを落とした。

「……残念だね」

「ごめん」


 逃げてちゃダメだ! 誰かを励ますためには、自分のがんばっている姿を見せるしかない。


 雪菜は今度は顔をしっかりと上げて克己の顔を見た。


「そんな松波君を励ますために、じゃーん。花束を持ってきました」

 大げさなしぐさと共に差し出す。


「うわ! ありがとう。そんな気を使わなくても良かったのに」

「手ぶらもどうかと思ってね。ビタミンカラーだから元気でるよ。きっと」

「だな。本当にありがとな」

「それから……私、松波君のこと好きなの。もし、嫌で無ければ……私とお付き合いしてください!」

 今度こそ、躊躇うことなく。一気に心も差し出した。


「え! 中村?」

 絶句した克己。

 御辞儀をした格好のまま静止している雪菜には見えないが、克己の顔がみる間に赤くなっていった。


「俺が先に言いたかったのに」

「へ」

 間抜けな声と共に顔を上げた雪菜。二人の視線がカチリとはまる。


「それって……もしかして、松波君の好きな人って……」

「お前だよ。俺も中村に言いたかったんだ。好きだって。本当は県大会でゴール決められたらって思ってた」


 思ってもみなかった克己の言葉に、雪菜は泣き笑いの顔になった。


「怪我した時、もう県大会には出られないなって思った。高校最後の夏だったから、すげえ悔しくて。みんなと一緒に走れるラストチャンスが無くなってショックだった。でも、それ以上にショックだったのは、お前に告れないかも知れないって思って」


 花束を克己の胸前にトンと置くと、雪菜はポロポロと涙を零し始めた。


「え、えっと。あれ、そんなに泣くなよ。なんか、えっと」

「だって、嬉しいんだもん。そんな風に思っていてくれたなんて。もうさっきまで、断られたらどうしようってドキドキしながらここまで来て。ようやく伝えられたと思ったら、こんな嬉しい言葉をもらえて」


 横の椅子に腰を抜かしたように座り込んだ雪菜を見て、克己もほうっと詰めていた息を吐き出した。


「やった。ははは。やった!」

 嬉しそうにそう言うと、弾けるような笑顔を見せた。


 克己が笑ってる。良かった。


 つられて雪菜も笑顔になる。


「もう、ゴール決まっても決まらなくても告白して欲しいよ」

「だってさ、俺イケメンでも無いしさ、頭も別に普通だしさ。サッカーだって下手の横好きだしさ。誇れるようなものが無いっつうかさ。だから、なんか乗り越えないと告れねえって思っていたんだよな」


 その言葉に、雪菜が優しく微笑んだ。


「特別なモノなんかなくたっていいんだよ。克己は克己だからね」

「あ、なんか名前で呼ばれるの新鮮」

「あ!」

 慌てて目を泳がせた雪菜。

「お花、花瓶に入れるね」

 慌てて立ち上がる。そして思い出したように花束に添えられたカードを克己に手渡した。


「この花にはね。意味があるんだよ」

「?」


 手元のカードに目を落とした克己。 


 カードには花言葉が書かれていた。


 花言葉

 赤のチューリップ……愛の告白、真実の愛

 オレンジのカーネーション……あなたを愛しています、純粋な愛

 黄色のガーベラ……究極の愛、優しい

 ワイヤープランツ……あなたを思っています、純愛


「そ、そういうことだからね」

 自分で言い出しておきながら、真っ赤になった雪菜。

「お、おお」

 克己の顔がまた赤くなる。


 こんなに『アイシテルがいっぱい』


「……雪菜、ありがとうな。でもさ、これ、イケメン花屋で買ったんだろう」

「そうだけど」

「……もう一緒に写真なんか撮るなよな」


 ぷいっと恥ずかしそうに横を向いた克己を見て、雪菜は一瞬ポカンとする。

 今、雪菜って読んでくれた。それにSNSの写真も見てくれていたんだ……


「克己、嫉妬してたの?」

「別に、そんなんじゃねえよ」

「嬉しい」

「お、おお」

「雪菜って呼んでくれたのも」

「おお」


 心から幸せそうに笑った雪菜を見て、克己の口元も勢いよく弧を描いた。


 


 


 

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