Episode 8 カランコエは愛を奏でる
第34 話 ピアノの発表会
『フルール・デュ・クール』には、今週末の花束の予約が殺到していた。
図書館の並びにある公会堂で開かれるピアノの発表会。
生徒数の多い教室なので、花束の数も多くなる。お店にとっては稼ぎ時とも言えるイベントの一つだ。
開店当初から、毎年注文してくれるお得意様もいる。
今年も近づいてきた発表会。
いつものように花束を注文に来たはずなのに、心ここにあらずの様子。
その表情が冴えない。
不審に思った雅が会話を誘導する。
「高梨さん、お嬢さんの発表会の花束ですよね。今年はどんな花束にしますか?」
「あ、うん。まあ」
「もう高校生ですよね。学校も忙しくなっているはずなのに、ピアノの練習も続けていて凄いですね」
「うん、まあ。ピアノが好きみたいだからね。息抜きになるんだって言っているよ」
娘の話になると、声に元気が戻ってきた。
目の中に入れても痛くないほどのかわいがりようが伝わってくる。
「それは素晴らしいですね。じゃあ、俺達も気合入れて花束を作りますからね」
「それが楽しみだったんだけれどね……」
そう言って、「はぁ」と深くため息をついた。
「実は、今年は見に来ないで欲しいと小百合に言われてしまってね」
「お嬢さんにですか?」
「そうなんだよ」
寂しそうな様子に優も雅もかける言葉が見つからなかった。
「緊張されてしまうからかもしれませんね」
必死にフォローする雅。
「そうなのかなぁ。寧ろ親の顔が見えたら安心するだろうになぁ」
「「……」」
「遂に来てしまったのかな」
「何がですか?」
「お父さんキライ、汚いって言われる時が」
「まさか! 高梨さんに限ってそんなことは無いですよ」
確信を込めて雅が否定すれば、優も本気で高梨を褒める。
「男の俺から見てもダンディでかっこいいお父さんですよ」
「はぁ」
もう一度ため息をついてから、儚げな笑顔を見せた。
「君たちは優しいね。ありがとう。そう言ってもらえて元気をもらたったよ。やっぱりいいね。ここは」
ほっと胸をなでおろした二人に、高梨はようやく本題を告げた。
「当日どうするかはさておき、花束はいつも通りお願いするよ。そうだなぁ。今年はどんな花束をお願いしようかな……」
毎年娘の小百合へ贈る言葉を、これでもかと詰め込んだ花束を依頼している高梨。
『フルール・デュ・クール』のモットーに賛同し、応援してくれている、温かいお客様でもある。
父親から娘への花束。
普通なら照れくさいけれど、『ピアノの発表会』という名目のお陰で自然と贈ることができて喜んでいた。
そこへ、ひょっこりとお菓子を持ってやってきたのは
「いらっしゃいま、あ、雫ちゃん」
嬉しそうな雅の声に、優がニマニマし始める。
「こんにちは。雅さん、優さん。お忙しそうですね」
と遠慮がちに言うと、高梨の視界から消えるように店の隅へと身を潜める。
「高梨さんなら大丈夫だよ。優しい方だから。それに……」
雅が雫の耳に囁く。
「じーっくり考えながら選ばれるから時間がかかるんだ。毎年」
結局、高梨も一緒に、雫の作ってきたプリンを食べながら花談義を咲かせることになった。
「雫さん、JKがもらって喜ぶ花束ってどんなのかな?」
若い女性の意見は貴重とばかりに、高梨が雫に尋ねている。
「そ、そうですね。どうかしら。お嬢さんの好きな花が入っていれば、それだけで嬉しいと思いますけれど。後、発表会の曲に合わせたイメージのお花とか」
「なるほど! 曲のイメージか。それはいいね」
恐縮しまくっている雫に、丁寧に頭を下げた高梨。
「小百合へ伝えたい言葉がまた増えてしまったよ」と嬉しそうに頭を掻くのだった。
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