第37話 親離れ子離れ

 演奏を聴きたい。でも、行ったら嫌がられるかもしれない。


 もんもんと悩み続けた雅也は、わざと小百合の演奏時間ギリギリに、『フルール・デュ・クール』へ花束を受け取りに行った。

 

 この後どうする?


 自問自答を繰り返していたが、どうしてもそのまま帰ってくることができなかった。

 我慢できずにこっそりと公会堂へと足を向ける。


 だが、結局、会場の扉の前で踏みとどまった。


 娘の意志を尊重すべきだ。来ないで欲しいと言ったのには、きっと何かわけがあるはず。だったら、このまま帰るべきだ。


 出口へ向かって歩き始めた時、エントランスロビーの人々が目に入った。

 毎年、演奏が終わった人は、そこで来場の人と話をしたり花束を受け取ったりしている。

 

 いつもだったら、ここで小百合が出てくるのを待っているのにな……


 そう思った時、小百合の姿を発見した。


 どういうことだ?

 そうか、全体的に演奏時間が早まっていたんだな。うっかりしていたぞ。


 アタフタと柱の陰に隠れる。

 でも、気になってちらちらとその姿を目で追っていた。


 きょろきょろと辺りを見回している様子に、誰かと待ち合わせなのかな? と思った。その表情が、ぱぁっと明るくなった。

 そして、高揚と恥じらいを秘めた頬。

 

 小百合の目の前には、同じくらいの歳頃の男の子が、花束を差し出していた。


 ああ、そう言うことか―――


 ふうっと脱力する雅也。


 小百合も、年頃になったと言うことだな。


 そう心の中で呟いた。


 きっと好きな子ができたのだろう。

 あの子がそうなのかな?

 見に来てくれたってことは、彼のほうも小百合を好きなのかな?


 でも、きっと親には内緒にしたかったんだろうな。


 見てしまった後ろめたさと共に、寂寥感に包まれる。

 


 ああ、小百合が遠ざかっていく―――



 複雑な気持ちを抱えながら、雅也はそのまま花束を持って帰ってきた。



 雅也の様子を見て、何かを感じ取ったような妻の美雪。黙って夕飯の支度をしていたが、見かねたように口を開いた。


「手が離れてきたことは嬉しいことだけど、寂しいわね」

「……ああ。そうだな」


「でも、どんなに大きくなったって、小百合が私たちの子であることは変わらないんだから。ね」

「そうだな」


 雅也はふと、以前何かで読んだ言葉を思い出した。


『子どもは神さまからの預かりものなのだ』


 そうか。預かっているだけだから、いつか旅立って行く日がくるのだろう。


 その日まで、後少し。


 でも、美雪が言うように、小百合が私たちの子という事実はこれからだって変わりはしない。


「お、今日はご馳走だな」


 気力を取り戻した雅也の声に、美雪がほうっと安堵の笑みを浮かべた。



 雅也が持ち帰った花は、玄関で小百合を出迎える準備万端だ。

 いつもはエントランスホールで手渡ししていた花束だったが、今回はアレンジメントの形で注文しておいた。

 家で待つ。その覚悟を込めて。


 ちょっと反則して覗きに行ってしまったけれど、実際に演奏は聞けなかったから、許して欲しい。

 まあ、彼氏候補の顔は見てしまったけれど、これも遠目だからはっきりとは分からなかったし……


 そんな風に心の中で言い訳しながら、子煩悩パパも新たな段階へとステップアップするのだった。


 モーツァルトの『キラキラ星変奏曲』

 上手く弾けたかな……



 花言葉

 カランコエ(星型)……あなたを守る、たくさんの小さな思い出、おおらかな心

 ペンタス……希望が叶う、願い事

 ひまわり……あなたは素晴らしい、あなたを幸せにします、光輝

 薔薇(オレンジ)……絆、幸多かれ、信頼、健やか

 グラスペディア……永遠の幸福

 グロリオサ……栄光

 ガザニア……あなたを誇りに思う            

 アルケミラモリス……輝き、献身的な愛

 ユーカリ・グニー……記念、思い出


 太陽も星も、欲張ってひとまとめにしたアレンジメントは、全身全霊をかけたパパのちょっぴり重い愛。


 でもその尊さに、きっと小百合は気づいているはず。


 仲良し親子は離れても、繋がっている。

 


 

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