第36話 初々しい恋
発表会当日の朝早く。
予約のあった花束を三人で必死に作っていた。
ガラスケースいっぱいの花達を、次から次へと可憐な花束に作り替えていく。
こんな時でも、『フルール・デュ・クール』のモットーは忘れない。できるかぎり、差し上げる人の心が伝わるような花束とカードを作っていくので、時間がかかる。いつもより早く来ての作業となっていた。
発表会の方も、午前中から午後まで、たくさんの生徒が順番に発表していくような大々的な演奏会。
演者の出番直前に花束を引き取りに来る人もいるし、当日駆け込みで花束を依頼する人もいるので、今日一日は気が抜けない。
そんな店の事情を知る雫が、三人分のお弁当を作って来てくれることになっていた。
昼少し前。ひっきりなしに訪れる客の合間を縫って、静かにカウンターに近づいてきた雫。お店いっぱいの花束に目を見開く。
「綺麗……」
「あ、雫ちゃん、いらっしゃい。無理なお願いしてごめんね」
「舞美さん。全然無理なんかじゃ無いですよ。お口に合うかわかりませんが、良かったら食べてみてください」
「口に合うに」「口に合うに決まってるだろ」
忙しく手を動かしながら、舞美の言葉をひったくるように続ける雅。
ふふっと笑いながら、「ありがとう」と言い終えた舞美がそうっと離れていく。
つかの間、雅と雫の世界が出来上がった。
「ありがとう。助かったよ」
「……そう言っていただけて良かったです」
ほうっと胸を撫でおろした雫の耳が赤くなっていた。
人の波が一段落した頃。
高校生くらいの男の子が、恥ずかしそうに中を覗き込んできた。最初はガラス越しに。続いておずおずと店内へ。
「「いらっしゃいませ」」
「……あの、花束が欲しいんですけれど。発表会で渡すような感じの」
「公会堂の発表会にお持ちになるんですか?」
「はい」
優の声掛けに、ちょっとだけ緊張の糸が解けたような顔で頷く男の子。
「どんな花束にしますか?」
「よくわからないから、適当にお願いします」
「女性? ですよね?」
「あ、はい」
そう言って真っ赤になった。『初々しいな』とその場に居たみんなが思う。
「その方の好きな色とか、好きな花とかご存じですか?」
「うーん……わからないけれど、あ、名前に百合が入っているから百合の花を入れてください」
その言葉に、「あれ?」と呟いた雅。優も同じことを思ったらしく頷く。
「何か伝えたい言葉はありますか?」
「え!」
驚いたように目を見張った男の子は、更に真っ赤になって俯く。
「えっと、がんばれってことかな。後、可愛いなとか、優しいなとか……」
最後の方は小さな声になっていった。
「「かしこまりました!」」
優と雅が張り切る様を、微笑まし気に見つめる舞美と雫。
出来上がった花束を、背に隠すように持っていく彼に、みんなで無言のエールを送った。
「なあ、優。あれってもしかして」
「ああ、そのもしかしてじゃないかな」
「高梨さんにとっては、やきもきする事態発生だよな」
「だな」
初々しい恋を応援するのは、初夏らしい爽やかな色合いの花束。
花言葉
百合(白)……純粋無垢な心
ラナンキュラス(ピンク)……とても魅力的、飾らない美しさ
アガパンサス……恋の訪れ、ラブレター
マトリカリア……集う喜び、楽しむ心
ペンタス……希望が叶う、願い事
アストランティア……星に願いを、愛と知性を求めてたゆまぬ努力をする
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