Episode2 チューリップに秘めた恋心
第4話 『好き』と口にするのは簡単じゃない
ある春の日の夕暮れ時。
近くの高校の制服に身を包んだ女の子が、思いつめた表情で『フルール・デュ・クール』に飛び込んできた。
「すみません。あの、厄除けになる花ってありますか?」
「「厄除け?」」
優と雅の声がハモった。
「えっと、どんなところに持っていく予定ですか? それによって変わってくると思うので」
言葉の先を促した雅を見て、カウンター向こうの優を見て、女子高校生は「うわっ」と声をあげた。
「イケメン! ここ、イケメン店員さんのお店だったんだ」
盛り上がっている姿を見て、雅も優も固まっている。
「あの、一緒に写真撮ってもいいですか? でもってSNSに上げてもいいですか?」
「えっと……」
「店の宣伝をしてくれるんだったらいいですよ」
戸惑う雅は放ったまま、優が即座に反応する。
「もちろん! バッチリ宣伝しますよ。女子高校生ご用達になるの間違い無しです!」
そう言って優と雅の間に挟まると、笑顔でピースサインを決める。
カシャ、カシャっとシャッター音が響いて、アッと言う間に撮影完了。
「これ、どうですか? 二人ともカッコよく写っているから」
そう言って見せられた写真を、優と雅はこそばゆい顔で眺めた。
「じゃあ、アップしますね。『イケメンフラワーショップNOW』っと。オッケー。お、早速『いいね!』が来ましたよ。あ、イケメンって。みんな言ってる」
何気ない事のようにそう実況する姿に、取り残された二人は無言で突っ立っていた。
ひとしきりはしゃいだ後、当初の目的を思い出したような女の子。
「あの、友人がケガをして入院してしまって、それでお見舞いに行こうと思っているんですけれど、ほら、怪我なんて縁起悪いじゃないですか。それを蹴散らして良い運を呼び込んで早く治ったらいいなぁ……なんて」
「それでしたら、厄除けというよりは、希望に満ちた雰囲気がいいですよね。幸運を呼び込むような」
「そう、そんな感じ」
女の子は納得して頷くと、「おまかせします。でも予算千五百円しかないんだけど」と小さな声で言った。
「十分ですよ」
そう言ってピンクのチューリップと白のガーベラを取り出した優。
ヒペリカムとカスミソウを取り出す雅。
二人で手早く花束を作り上げると淡いレモンイエローのリボンを添えて少女に手渡した。
「お友達、早く治るといいですね」
「はい。ありがとうございました!」
千五百円と引き換えに花束を受け取って、覗き込んだ女の子は満足そうに微笑んでから、ペコリとお辞儀をして去って行った。
「友達って言っていたけれど、男の子かな?」
雅の言葉に、「そうじゃね」と大して興味なさそうな優の声。
「上手くいくといいね」
「何が?」
「告白」
「え? 付き合っているんじゃないのか?」
意外そうな顔で聞き返す優。
「うーん、多分付き合ってもいないし、告白してもいない。でも、告白したいと思っている。だからお見舞いに行って、近づきたいって感じかな」
「ほー。雅はいつの間に恋愛鑑定士になったんだ?」
「別に。見ていりゃそれくらいわかるよ」
「俺はちっともわからん」
憮然とした表情の優を見て、雅が声をあげて笑った。
「優は鈍いからな」
「何だと!」
「ニブニブのボケナスだ」
「お前……後悔することになるぞ」
「俺はもう後ろを振り返らない」
ふっと苦笑いの優の瞳に安堵が交じる。それを雅に悟られないようにと、ワザと雅の頭に拳骨を落とした。
「いて!」
本当は痛くも無いのに大げさに顔を歪めた雅。呟くように言う。
「わからないって言いながら、なんでピンクのチューリップ選んだんだよ」
「それは……女子高生にピッタリの花だからに決まってるだろう」
「ふぅん。まあ、そう言うことにしおいてやろう」
苦虫を噛み潰したような顔になる優。そんな優に雅が追い込むように言う。
「この店の名前『フルール・デュ・クール』の意味は『心の花』。『お客様の心を映す花束を作ること』それがモットーだって、最初に言っていたよな」
「ああ」
「あの花束は彼女の心を代弁出来ているかな?」
「さあな。それは彼女にしかわからないけれど……俺たちはできる限り想像して、全力を尽くすことしかできないからな」
「だな」
ふっと時計に目をやった優が素早く目の前の仕事を片付けた。
「俺はこれで上がるよ。後、
「どうせ暇なんだからいればいいのに」
「暇じゃない」
「……そっか」
優が『舞美さん』と言ったのは、優の兄の嫁……だった人。
優の五歳年上の兄、
この『フルール・デュ・クール』は、亡き兄の念願の店。
それを、義姉の舞美と弟の優で引き継いで、友人の雅も加わって経営しているのだった。
義姉を気遣いつつも距離を置こうとしている優。
その胸中を知るのは、自称恋愛鑑定士の雅だけ。右手を上げて帰っていく優の背に、心の中で呟く。
違う。お前は鈍いんじゃない。
鈍いふりをしているだけだ……
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