Episode4 トルコキキョウの誓い

第14話 あいつの好きな花は

 少し伸びすぎたシルバーグレーの髪を撫でつけて、ノーネクタイながらもダークカラーのスーツを着た男性が、「墓用の花をください」と言いながら入ってきた。


「そちらに作り置きのタイプがありますが、もしよろしければ故人のお好きだった花などを入れた花束を作ることもできますよ」

 爽やかな笑みを浮かべながら、この店の店主、堂本優どうもとゆうが案内する。


「あいつの好きな花……」

 そこで男性はハタと考えている。

「……わからない。全然わからないな」

「そうですか。それでしたら、お客様のお好きな花でもいいと思いますが」

「仏花でも色々希望を聞いてもらえるのかい?」

「もちろんです」

「……やっぱり、特にないな。その作ってある奴でいいよ」


 男性はそう言うと、ひょいと作り置きの花束をとって優に渡してきた。

 

「仏花というと、お墓参りですか。それでしたら、二つ必要になるかと思いますが」

「ああ、そうか。そうしてくれ」

 男性はもうお金の用意をし始めていた。


 せっかちなところがあるのかな。

 

 優はそう思いながら、もう一つ仏花を取って来てお会計に移る。


「お線香やライターはいかがなさいますか?」

「ああ、そうだったな。お願いしよう」

 

 お墓参りに行くのに、なんの準備もしていないと言うことは、急に思い立ったのかもしれない。優はにこやかな笑顔と共に、慣れない様子で花束を抱える男性を見送ったのだった。


 男性が一人で墓参り……誰のお墓なのか。


 ふと想像して、もしや……と考えるとちょっと悲しい気持ちになる。

 そう簡単に受け入れられるものでもないだろうしな。


 しばらくして、雅が仕入れから帰ってくると、一気に忙しくなった。

 いつの間にか、その男性のことは忘れてしまっていた。



 ところが、十日ほどした昼下がり、くだんの男性がまたひょこっと顔を出した。

 今日は長袖のチェックシャツにチノパン。アイロンを当ててから時間が経っているような収納皺が、彼の境遇を物語っているようだった。


「わかったよ。わかった」

「え?」

 いきなり声を掛けられた店頭の雅が首を傾げたところで、優が素早くフォローに入った。

「奥様のお好きな花。思い出されたんですね」

「そう、思い出した。あれ? でもどうして家内のことだと? この間話したかな?」

「いえ、職業柄、なんとなく想像がつきましたので」

 優が静かにそう言うと、男性は納得したように頷く。


「そうか。で、家内の好きな花のことだけれど」

「はい」

「この花だ」

 そう言って差し出してきたのは、袱紗ふくさに施された刺繍。


「蘭? ですね。多分」

「そう、そうだ。それが欲しい」

「蘭ですと、この辺りになりますね。デンファレ、モカラ、胡蝶蘭もありますけれど」

 優に促されて花ケースを覗き込んだ男性は、また悩むような顔になった。


「いっぱいあり過ぎてわかんないよ。どれでもいいな」

「色はどうなさいますか?」

「そうだな。あ、これは以前頂き物をせっせと世話していたな。これにしよう」

 

 指さしたのは、白の胡蝶蘭。

「かしこまりました。他に一緒に入れたい花はありますか?」

「まあ、優しい雰囲気がいいかな」

 男性の目じりが下がって、柔らかい雰囲気になった。


 きっと、この人は奥さんを愛していたんだな……


 優はそう感じ取って自然と笑みが出る。もう一度、「かしこまりました」と答えると花束を作り出した。

「こんな花束ではいかがでしょうか?」

「ああ、いいね。それで頼むよ」

「今日もお墓参りですか? それとも仏壇用ですか?」

「ああ、仏壇か……」

 男性はそこで、初めて気づいたような顔になる。

「そう言えば仏壇にも花瓶があったな。造花が入っているから気にしていなかったよ。娘が気を利かしてくれたのかな」


 目の前の花束に視線を移し、ぼそりと言う。


「爺の一人暮らしは、何にもできなくて困るな」

「そんなことは。こうやって奥様の好きな花を手向けられているじゃないですか」

 優の言葉に、悲し気に首を横に降った。

「死んでからやったって、意味ないんだよ。生きているうちにやらなきゃな」

「……」


 男性はぽつりとそう言うと、「仏壇用で」と付け加えた。


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