第21話 言の葉の力
少しばかりお粥を食べて、ほっとしたように目をつむった奈美を見守りながら、省吾は今日の花束の言葉を思い出していた。
花言葉
カモミール(15本)……ごめんなさい
カンパニュラ……ありがとう
いつまでも仲直りできないなんて思ってはいなかったし、実際に自然と仲直りできてしまった。それは、奈美との絆の強さの証明のようで嬉しい。
でもやっぱり、それだけじゃ足りない気もする……
そんな小さなわだかまりを飲み込まずにぶつけ合えたのは、この花束のお陰。
ちゃんと互いに言葉にして仲直りできて良かった―――
かわいらしいパステルカラーのカンパニュラを包み込む十五本のカモミール。
奈美へ伝えたい想いをストレートに表現した花束を部屋へ飾った時、熱で潤んだ奈美の瞳に少しだけ力が蘇った。
「綺麗……あれ、今日何か記念日だったっけ?」
「違うよ。ただ、昨日のこと謝りたかったから」
ぼんやりとした頭に、喧嘩の記憶が蘇る。
初めて感情をぶつけ合うような言い合いをしてしまったことは、奈美の心にも影を落としていた。
喧嘩しないくらい仲が良い二人。それが自慢だったんだけどなぁ……
穏やかで優しい省吾とは一生喧嘩しないで済むような気がしていたのに、結婚してたった三ヶ月ぽっちで、もう喧嘩をしてしまった。
一緒に住むと言うことは、簡単なことじゃないと突きつけられたような気持ちになった。
もちろん、省吾を嫌いになるとか、想いが醒めるとか、そんなことは思わないけれど、今まで喧嘩していなかったから、仲直りするプロセスも初めて。
省吾なら大丈夫。必ず許してくれると信じていても一欠片の不安も無いとは言い切れなかったのだ。
だから、体調を崩して起き上がれない奈美を、今までと変わらない態度で甲斐甲斐しく介抱してくれる省吾に安堵すると共に、涙がでそうなくらい嬉しかった。
粥を運ぶ手を止めて、奈美は真っ直ぐに省吾を見つめ返した。
「昨日はごめん。奈美ちゃん具合悪かったのに、気付かないで色々しつこく言っちゃって」
「省吾君……私のほうこそ、昨日はごめんね。なんか朝からイライラモヤモヤしていて、ついつい感情的になっちゃったの」
互いに「ごめん」の一言を言い合えて、ほっと安心して力を抜く。
「奈美ちゃんとは喧嘩しないって思っていたから、正直ちょっとショックだったんだ」
「私もショックだった」
「でもさ、疲れていたり気分が落ち込んでいたら、きっとまた喧嘩すると思うんだ。それが自然だと思う。だから、それでいいと思うんだ」
「省吾君……」
「互いに信頼しているからぶつけ合えたり、甘えあえたりすることもあると思ったんだ。で、こうやって謝り合えたら、それでいいんじゃないかなって」
「省吾君……ありがとう」
「僕のほうこそ、ありがとう」
今度は互いに「ありがとう」を言い合って、省吾がぱっと瞳を輝かせた。
納得したように頷くと、急いで花言葉のカードを奈美にも見せた。
「『ごめんなさい』と『ありがとう』はセットみたいだよ」
「確かに……私、省吾君に『ありがとう』って言いたくなったわ」
「僕も」
花言葉を心に刻みながら、今度は二人一緒に、優し気な花束へ視線を向けたのだった。
奈美の体調が完全復活を果たした週末。
二人の姿は『フルール・デュ・クール』にあった。
店番をしていた優と雅の瞳が輝く。
「「いらっしゃいませ」」
「この間はお世話になりました。無事、仲直りできました」
ぺこりと省吾が頭を下げれば、共に奈美も頭をさげる。
「「ありがとうございました」」
仲良し夫婦の復活に、さぞ舞美が喜ぶだろうと微笑む優。
「そう言っていただけて……嬉しいです」
「わざわざお礼を言いに来てくださってありがとうございます」
雅も続けて礼を言う。こちらのも息がピッタリだ。
そんな二人に奈美が慌てて手を振った。
「あの、花束も欲しいんです。今度は私から省吾君へ。お詫びと、感謝と……あと」
内緒話をするように小声で囁く。
「一緒にいられて幸せって気持ちと、彼は最高に素敵な人って気持ちも入れたいんです。ちょっと欲張り過ぎかな?」
そう言って頬を朱に染める。
「「承りました!」」
花束を抱えて幸せそうに帰っていく二人の背を見送りながら、優と雅の心にも温かな気持ちが溢れていた。
「やっぱりいいな。花を贈るって」
「だな」
「ここで働けて良かったよ」
「雅……ありがとな」
花言葉
カモミール(15本)……ごめんなさい
ガーベラ(ピンク)……ありがとう
ラナンキュラス(赤)……あなたは魅力に満ちている
アザレア(白)……あなたに愛されて幸せ
ゴールデンクラッカー……心躍る、祝福、美しい日々、明るい愛
たくさんの奈美の心を映し出した花束は、きっと省吾の心にも届くはず。
「省吾さんの照れまくった顔が見える様だな」
雅の言葉に、ふっと笑った優。
「だな」
短く返す言葉に、静かな決意を込めた。
気持ちを言葉にするのは難しい。
それでも、伝えなければならない時がある。
そんな時、少しでも役にたてたら―――
『フルール・デュ・クール』は、そんなお客様に寄り添うためにありたい。
兄さん、俺、この店で働けて良かったよ。
きっと、いや、絶対に、義姉さんもそう思っている。
だから、安心して見ていてくれ!
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