第24話 優と雅②

『既読スルーしてごめん。元気か?』


 そんな短いメッセージが届いた時、優は自分で思っていた以上にほっとした気持ちを抱いた。


 あの時の顔は本当にヤバかった。

 死神に取り付かれでもしたような表情の無い顔。雅も千歳の後を追ってしまうのでは無いかと不安になるくらい、暗かったから。


 でも、まだ生きていてくれた―――


 そんなに心配しているのなら、もっとマメに連絡を入れてやればいい。

 思っているだけじゃ伝わらない。行動に移さないと。

 そんなことは百も承知だった。

 

 でも、不器用な優はかけるべき言葉がわからない。

 そして、中途半端な慰めの言葉が、雅の助けになるとも思えなかったのだ。


 結局、俺は待っていることしかできなかった―――


 大きな安堵と一抹の罪悪感。

 ない交ぜの感情のままにスマホを操作する。


『元気だよ』


 内心の心配が微塵も伝わらない短い返信。

 優らしいと言えば優らしい言葉だった。だが、流石にこれだけではツレナイなと思い返し、付け加えた。


『飲みにいかないか?』

 ……『行く。いつ?』



 二人で飲むのは初めてになる。


『明日の夜。駅で十八時待ち合わせは?』

『OK』


 要件だけのやりとりも、以前と同じ。


 だが、それこそが、雅の求めていたものだった。


 戻れなくても、束の間、幸せだった日々の記憶を思い出させてくれる空気感は、雅の心に風穴を開けてくれた。


 千歳の死は雅の時を止めた。その後の様々な心を抉る出来事は、心を硬化させた。


 人見知りが少なく、誰にも率直な態度で向き合う雅は、思った事をストレートに言ってしまう事も多かった。いわゆる正論というやつ。

 雅なりの正義感の表れであり、若気の至りでもあるのだが、そんな正論をいくら唱えても、どうにもならない時があると言うことを、嫌というほど思い知る出来事にぶち当たった。


 行き場の無い思いを抱え、それまでの自分を恥じる日々は、己の存在さえ否定したくなる。

 ただ息をするだけの生活。大学も休学して引き籠もった。


 そんな雅を心配してくれた友人たちには感謝している。

 だが、寄せてくれた同情の言葉やアドバイスさえも、辛く感じてしまう。そして、過去の自分に重なる。申し訳なくて、雅の心はまた追い詰められていった。



 その夜、優は何も言わなかった。

 ただ、一緒に千歳を思い、冥福を祈ってくれていることだけは伝わってきた。

 

 静かに、静かに。

 千歳を思いながら飲む酒が沁みた―――


 

 そこからまた、優と雅は時々思い出したように誘い合って、酒を飲みに行くようになった。


 大学に復学した雅はそのまま院へと進み、経営学部へ進んでいた優は、卒業後銀行へ就職。転勤も経験した。

 ライフステージが進む度、疎遠になる友人が多い中、優と雅の関係は細々と繋がり続けた。

 

 二年前、兄の諒を亡くした優が、会社を辞めて花屋を手伝うと言った時、雅の中に以前のようなお節介心が復活した。

 

 千歳を亡くして、周りからの過度な心配はかえって重荷になることに気づいた時、これからは距離感に気をつけようと肝に命じていた。

 それなのに、なぜか優のことだけは放っておけなかった。

「俺を雇ってくれないかな」と押しかけた。


「お前、就活中だったな。修士課程まで進んでおいて専門分野に進まないのかよ」


 眉間に皺を寄せた優に、何食わぬ顔で告げる。


「実はさ、苦戦しているんだよ。就職浪人するかも。助けてくれよ」

「……お前、嘘が下手だな」

「嘘なものか。バイオ系は厳しいんだよ。決まるまでの間だけでいいからさ。頼む」

「まだ、オープンして間もない店だからな。まともにアルバイト代も払えるかわからないんだよ」

「でも、どうせアルバイトは雇うだろ。お前とお義姉さんだけじゃ、店が回らないだろうからな」


 痛いところを突いて、結局首を縦に振らせた。


 助けたいと思ったわけではない。ただ、同じ痛みを抱えた者として、傍に居たいと思っただけだ。


 それだけだったのに……いつの間にか、すっかり花屋の魅力に取りつかれていた。


 一寸先はわからないものだな。

 人生の有り様も、心の有り様も。


 だったら、憂い過ぎずに今を大切に生きよう。


 雅はそう決意した。だから今も、ここで働き続けている。



 繋がる縁。

 断ち切れてしまう縁。

 時を越えて再び出会う縁。

 

 自分から決断する時もあれば、自然にあるべき姿に行きつくこともある。


 友情とは、そんな不確定な関係の一つだ。


 でも、だからこそ、今も共にいられる有難さを、優も雅も噛みしめていた。


 言葉には出さないけれど―――




 

 

 

 

 

 

 


 

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