第11話 いらないわ
次の日曜日は母の日だったので、『フルール・デュ・クール』も大忙しだった。
優と雅だけでは回らないので、舞美も加わって三人フル勤務。
久しぶりに顔を合わせた優と舞美、最初のうちは少し会話がギクシャクしていたが、そんなことを気にしている余裕もないくらいひっきり無しの来客によって連携プレーが自然復活。
横で見守る雅もほっと胸を撫でおろしたのだった。
配達予定の花は、午前中に優がほぼ回り切っていたが、坂崎知里の母親のところだけは雅が行くと言い張った。
「俺が引き受けたんだからさ。俺が行く」
「……気を付けて。焦らなくていいからな」
事情を知る優にポンと肩を叩かれて、雅は神妙に頷いた。
今回は、知里が指差したカタログ通りの花束が作られている。
だから、カードに綴られた花言葉も世間一般の『母の日に贈る母親への言葉』でしかない。
唯一無二の知里自身の心では無いのだ。
花言葉
赤のカーネーション……母の愛、純粋な愛
ピンクのカーネーション……感謝、温かい心
カスミソウ……感謝、幸福
母親への感謝の気持ちは伝わるだろうが、知里が抱えているだろう複雑な感情は、何も伝える事ができない。
この母娘の関係がこの先どうなっていくのか。
雅にはどうしてあげることもできないが、せめてこの花束だけは届けようと気合を入れ直した。
清潔感はあるがそれなりに築年数を重ねたと思われるマンションの一室。
インターフォンを押すと掠れた女性の声が聞こえてきた。
「はい」
「花屋、フルール・デュ・クールです。母の日のお花をお届けにあがりました」
「……」
しばしの沈黙の後、扉が開く。
顔を出したのは白髪混じりの髪を後ろで無造作に束ねた女性。身だしなみは整っているものの、その顔に生気は無く暗い目をしていた。
「母の日の花束って、知里から?」
「……はい」
思わず頷いてしまい『しまった!』と青ざめるも、どうせメッセージカードで分かるし、母の日のお花と最初に伝えているし、と心の中で必死に言い訳をする。
そんな雅の心のうちは知る由もない母親の表情が豹変した。鬼気迫る勢いで問い詰めてくる。
「花だけ? 本人は?」
「当店は花束の配達を依頼されただけですので、ご依頼主様のことはわかりかねるのですが」
「住所は? 電話番号は?」
「直接お届けにあがりましたので控えはありません」
「役にたたないわね」
刃物のように冷たい声音に、雅は微かに顔を歪めた。
急に何かを思いついたような母親。今度は乱暴に花束を奪うと、ガサガサと包装の中を確認し始めた。張り付けたカードに気づくと、引きはがして花束だけ雅に押し戻してくる。
慌てた様にカードを開く。だが、目当ての情報が無かったらしくそのまま花束の中へと放り込んでしまった。
「請け負ったんだから連絡先くらいは控えているでしょ。それを教えてくれないかしら」
「いえ、承っておりません」
「何それ。本当にいい加減な店ね」
イライラとそう言い捨てると、そのまま扉を閉めようとした。
慌てて雅が花束を押し込もうとするも睨みつけられる。
「母の日なんだから。本人が来るべきでしょう」
「それは……皆さんご都合があると思いますので、だからこそこうやって花束をプレゼントされているのだと思いますが」
言い募る雅を一瞥した母親。今度は口元に皮肉交じりの笑みを浮かべる。
「貴方なの?」
「は?」
「知里をそそのかしたのは」
「え! 何の話ですか?」
「本当は知里の連絡先を知っているんでしょ」
戸惑う雅の様子に頓着無く母親は続けた。
「母一人子一人なのよ。それなのに勝手に私を捨てて出て行って。連絡先もよこさない。仕事も辞めてどこで何をしているんだか。生きているのか死んでいるのかもわからなくて、心配でこっちは死にそうよ。こんな花束一つよこして親孝行したつもりになっているなんて。まったく、酷い娘よ」
「……」
「そんなもの、いらないから。本人が来るか、せめて電話番号だけでも知らせるように言っておいてください」
バタリと大きな音を立てて扉を閉じてしまった。
一体どうなっているんだ!
理由もわからぬまま取り残された雅。しばし呆然と立ち尽くす。
だが、沸々と腹の底から怒りが込み上げてきた。
坂崎さんは母親に内緒で家を出てしまい、連絡もよこさない。だから娘の身を案じて不安定になっているのかもしれない。
にしても、言い方ってものがあるよな!
モヤモヤする心を必死で押さえつける。
ふうーっ。
大きくため息を吐いて、とぼとぼと車へ戻ってきた。
重い気持ちのまま、行き場を失った花束を抱えて座席に崩れ落ちた。
困ったな。
とりあえず、受け取り拒否の連絡をしないとな。
押し問答した時に、カーネーションの茎が数本折れてしまったようだ。
クシャリと萎れた花を見て、ますます心が沈んでくる。
こんなことのために、ここへ来たわけじゃ無かったのにな。
心の中で花々へ詫びると、坂崎知里へ連絡を入れたのだった。
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