第10話 エディブルフラワー

 配達から帰ってきた優に、雅は先ほどの出来事を語った。

 伝票を見ながら聞いていた優も、複雑な顔になる。


「うーん。事情はわからないけれど、この坂崎さんは母の日の花を本当は贈りたくないってことだよね。でも、世の中は母の日モード全開だから、何かしないと親不孝者と言われたように感じてしまって、いたたまれない気持ちになっているんだろうな」


「そうなんだろうね。まあ、うちでもポップで『母の日にお勧め』なんて書いてあるしね。お店の販売戦略としては、なんでもいいから記念日的なものがあれば利用しているわけで、深い意味は無いんだけれど。でも、それで辛く感じてしまう人がいるなんて、思ってもみなかったな」

 

 いつもの元気は何処へやら。落ち込んでいる雅を見て、優はわざと意地悪い言葉を投げた。


「そうか? お前はバレンタインとかクリスマスの文字を見て、辛くなったことは無いってことだな。モテる奴はこれだから腹がたつ」


「別に……バレンタインなんて、お菓子会社の販促だし、クリスマスはキリストが生まれた日だからね。知らない人の誕生日をカップルで祝う必要なんてないだろ」

「そこまで捻くれた考えが持てれば、世の中怖いモノ無しだな」


 大笑いする優を睨みながら、雅も言い返す。


「そう言うお前だって、学生時代からずっと彼女が途絶えたこと無かったじゃないか」

「過去の栄光は意味が無い。今はフリー街道まっしぐら」

「だな」

「それはお前もいっしょだろ」

「だな」


 顔を見合わせて笑い合った。雅の表情がようやく和らぐ。


「そう深刻に悩むなよ、雅。俺たちの店のモットーはお客様の心をいかに花束に込めるかってことだけれど、そんなこと望んでいない人だって、世の中にはいるのさ。だから、やれることをやるだけで十分なはずだよ」

「……ああ。優、ありがとな」

「とは言っても、気になることには変わりないけれどな」


 そこへ、手作りの菓子を持って花本雫がやってきた。

 忙しい職場で心身を壊してしまい、ほんの数週間前までは自室へ引きこもっていたのだが、二人と出会ってから急激に回復に向かっている。

 雅があげた押し付けた苔珊瑚コケサンゴ』の鉢を大事に育てていて、そのおかげで生活にメリハリが戻ってきたようだ。

 そして好きだったお菓子作りを再開したことで、更に充実した日々になりつつあった。


「お忙しいところごめんなさい」

「いや、全然」

 雅が嬉しそうにそう言うと、優も即座に同意する。

「大歓迎だよ。な、雅」

 

 二人とも、すっかり雫のお菓子のファンになってしまっていて、仕事の合間のおやつタイムに食べられるのを楽しみにしているようだった。

「ありがとうございます。今日はミニカップケーキにしたんです。これなら少しお腹もちもいいかなって思いまして」


 雫が持ってきたお皿には、チョコとプレーンのカップケーキが並んでいる。その上には生クリームと共に、可愛らしい形のチョコやグミ、果物などが飾られていて、見ているだけでも楽しい。


「いいねえ。これだと見て楽しい、食べて美味しい。一石二鳥だね」

 ペロリと食べ終えた雅がそう言えば、優ももぐもぐしながら口角をあげる。


 イケメンとスイーツって、本当に絵になるわ……と、今日も雫は心の中のシャッターを押しまくっていた。

 一通り食べ終えたところで、雫は今日訪ねてきた本題を告げようと深呼吸した。


「ん? どうしたの。なんか緊張している?」

 目ざとく気づいた雅が声をかけてくれるのを嬉しく思いながら、雫は気合を入れて頷いた。

「はい。実は今日は折いってお願いがありまして」

「そんなにかしこまらなくてもいいよ。いつもお菓子をご馳走になっているんだから、俺たちでできることは何でも聞いてあげるよ」

 優の笑顔に勇気をもらう。


「ふうーっ。ありがとうございます。実は『エディブルフラワー』が欲しいんですけれど、近くのスーパーでは売っていなくて。でも、インターネットで注文するのも勇気が無くて。それで、どこかで売っているのをご存じないかなと思いまして」


「エディブルフラワーか。綺麗だよね」

「ああ、それなら……」

 優が雅に視線を送る。

「そうだね。柏木花園で作っているね」

「今度仕入れに行く時、ちょっともらってきてあげるよ。柏木さんだったら分けてくれると思うから」

「そ、そんな。自分でお伺いしますから……」

「いいっていいって。その代わり、またお菓子持ってきてくれよ」

「ありがとうございます!」


 嬉しそうに頭を下げた雫を、雅も優も優しい笑顔で見つめる。

 一歩ずつ、自らの足で進み始めた雫が眩しく見えた。



 


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