第44話 誕生日プレゼント

『フルール・デュ・クール』の店先へ通っている少女の名は諸星来未もろぼしくるみ

 小学一年生だった。


「ただいま」

 ガチャリと玄関の扉を開ければ、「おかえり」と祖母が出迎えてくれた。


 ああ、まただ……


「ママと透也とうや、また病院?」

「そうなのよ。だから来未ちゃん、おばあちゃんと一緒に待っていようね」

「……うん、分かった」


 本当は全然分からない。分かりたくなかった。


 去年の誕生日、ママに『何が欲しい?』と聞かれて、来未は『妹か弟』と答えた。ママは最初、びっくりしたように目を丸くしたけれど『そうなんだ』と言って笑ってくれたのだった。


 あの時、何でそう答えたのかといえば、仲の良い美海みうちゃんに妹が生まれたって聞いて羨ましかったから。


 結局、お誕生日には可愛い猫のぬいぐるみを買ってもらったから、来未はもう、自分の言った事をすっかり忘れていたのだけれど、しばらくしてママが嬉しそうに『来未ちゃん、妹か弟ができるよ』って言ったのだ。


 願いが叶って『やったーっ』て気持ちだった。お姉ちゃんになったら、妹でも弟でも、いっぱい可愛がってあげるんだって張り切っていたのに……


 透也が生まれてからのママは、毎日透也の世話ばっかり。私のことなんて、ほんのちょっとしか見てくれなくなっちゃった。


 来未は晩御飯を並べてくれる祖母の背を見ながら、こっそりため息をついた。


 透也は他の赤ちゃんよりも小さく生まれちゃったから元気じゃ無くて、直ぐ病気になって大変なんだってことは、分かっている。


 でも……分かっていなかったんだ。


 ママとこんなに話す時間が無くなっちゃうってことは。


 透也が生まれたって、今まで通りママとおしゃべりできると思っていた。透也も一緒に遊べると思っていた。


 なのに、来未だけがいつもお留守番だった。


 おばあちゃんが来てくれるから、ご飯もお風呂も宿題も困ることはないし、夜になったらパパも帰って来るから寝るのも怖くない。


 けど、やっぱり来未はママともっと一緒にいたいの!


 本当はちゃんと分かっている。

 来未がお誕生日プレゼントに、妹か弟が欲しいと言ったから、ママが頑張って透也を生んで、願いを叶えてくれたのだという事を。


 それなのに、今はママを独り占めしたくてしょうがないのだ。


 こんな我儘を言ったら、ママに嫌われちゃう!

 

 だから、誰にも言っちゃいけない。

 誰にもバレないようにしないといけない。

 

 寂しいなんて―――



 次の日もやって来た来未を、舞美は初めて店内へと誘った。

 ドキドキしながらおずおずと足を踏み入れた来未は、甘い花の香りに包まれて目を見開いた。


「いい匂い」

「でしょ」


 昨夜優と雅と相談して、新しく始めることにしたプリザーブドフラワーのハーバリウム作り体験教室。

 カウンターの並びに、小さなテーブルと椅子を並べての簡易教室をオープンさせたのだった。


 小学生でも簡単に作れて、時間が潰せるように……


「あのね、ちょっとお手伝いお願いできるかしら?」

「何をすればいいの?」


 遠くに控える優と雅にちらりと目をやってから、舞美へ向き直る。


「実は新しくプリザーブドフラワーの体験教室を始めようかと思っているんだけど、誰かに教えるのは初めてだから上手くできるかわからなくて。練習したいから、生徒役をやってもらえると嬉しいんだけど」

 

「生徒の役なら毎日やってるから任せて」


 予想通り、興味を示してくれた少女にほっと胸を撫で下ろした舞美。優と雅を振り返り、その喜びを分かち合う。


「じゃあ、まずこちらへ座ってください。後、お話しやすいように、お名前を教えていただけますか?」

「諸星来未です」


 ちょっと強引な手段だったけれど、なんとか名前を教えてもらえたわね。


「では、くるみちゃんと呼ばせていただきますね」

「はい」


 ごっこ遊びのような感覚で楽しみだした来未の様子に、少しだけ緊張が解けた舞美は、丁寧に花材と手順の説明をした。


 来未は器用で細かな作業も苦にならない様子。気になる花をあれこれ選んで、バランス良く透明な瓶の中へ詰めていく。


「来未ちゃん上手ね。花の向きも綺麗に揃っていていい感じだわ」


 出来上がりを一緒に確認しながら、来未の表情がだんだん夢中になって輝き始めた事に安堵していた。


 良かった。楽しんでもらえているみたいで。


 昨日三人で出し合った知恵。

 お店に長居しても良いスペースを作れたらいいのではと言った雅に、体験教室と言う手があると提案した優。


 小さな子でも手軽に挑戦できて、教える方の負担が大きくない物は何か、色々シュミレーションしてみた。最終的に、今回のアイデアが採用になって、今来未の様子を見てみて、手応え有りと確信できたのだった。


 出来上がったハーバリウムを見つめて、満足そうに微笑む来未。


「どうかしら? 楽しかった? 分かりづらいところとか、こうして欲しいなんて事はある?」

「ううん、わかりやすかったよ。楽しかった。ね、来未、上手に出来たでしょう」

「うん、すっごく素敵。誰かにプレゼントするのにも使えるかなぁって思っているんだけど、どう思う?」

「いいと思う。手作りって言うのが、ポイント高いよね」

「そっか。ポイント高くて良かった」


 舞美の喜びが伝わったようだ。来未も素直に本音を漏らした。


「来未、これママにプレゼントしたいな」

「うわぁ、プレゼントに使ってくれるの、すっごく嬉しい。あ、じゃあ、ちょっと待っていてね」


 舞美は急いで手紙を添えた。


 この作品は、『フルール・デュ・クール』に来てくれた来未に、体験教室の生徒役をお願いして作ってもらったことを感謝と共に綴った。そして、いつものように花言葉を添える。


 花言葉

 ひまわり……あなただけを見つめる

 デイジー(ピンク)……希望

 カスミソウ……清らかな心、感謝、幸福

 ペッパーベリー……輝く心を

 ブルーアイス……永遠


 リボンを掛けて来未へ手渡すと、嬉しそうに帰って行った。


 


 

 

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