第16話 バレンタインデー
毎年決まって、この日二箱、チョコレートが届く。
一つは北海道の美唄という所から来る生チョコで、もう一つはホテル〇〇〇〇からくるショコラアソート組み合わせという奴だ。
近年の輸送技術は本当に素晴らしくて、保冷剤がまだ固い内に北海道から僕の手元に届く。
そして待ち構えていた姉の家族三人とともに、ささやかなチョコパーティーが始まるのだ。
つまり、これは遠くの地から僕を慕って届けられる愛のメッセージとかではなく、金銭との交換によって成り立つ商法に基づく契約上の取引で送られてくる品に他ならない。
何故わざわざこの時期に届けて貰うのか、そこには深いワケなど一切無い。
ただ単に北海道を旅行したときに、偶然口に入れたこれらのチョコがとてつもなく好みに合っていた。そして年ごとの発送も引き受けてくれることから依頼した、ある意味若干の淋しさを持つチョコだと言えなくもない。
だがこの絶妙な、甘いだけではない冷たく複雑な甘みに、少しの苦みがアクセントになる組み合わせが口の中で溶けて広がると、人の味覚とはなんと素晴らしいものだろうと人体の創造主に感謝したくなる。
勿論それは、我々の味覚の問題だけではなく、それを作った制作者が味覚を刺激して温度さえも
だからこそ、『そこ』の彼女が作った『これ』でなくてはならないのだ。
ところで僕は学生のとき、チョコを貰った記憶が無い。
かなり仲良くなった女子学生でさえも、「義理でも渡して誤解されたらややこしいし、無駄な出費」と言って、頭から買うことをしなかった。そもそも法科に来る女性達は恋愛気分というものを持ち合わせていないようだった。
だから男子学生も、物欲しそうな顔がみっともないという自覚はあるので、バレンタインデーという日を忘れたフリをしていた。
「いまごろそんなシャイな奴なんか、一人もいないよ」と、姪は言う。
「義理でも良いからくれ。金を出すし、2個買ったら一つはお前にやるから残りを俺にくれ」と言ってくるのが何人もいるらしい。
「ウザイ」らしいのだ。
直訳すると”disma” 鬱陶しい。だが覚える必要は無い。若者言葉は文化のバックアップがないのですぐに入れ替わる。
あげくに「みんなが格好いいとか言う男子を良いと思ったことが全然無くて、友達のみよしちゃんのほうがずっと好きで――その子とだけ交換する。私、変態かも知れない」などと言って我々をドキリとさせる。
何はともあれ、僕はこのバレンタインデーというイベントをとても楽しみにしている。
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