第38話 Bのプロファイル

 車の通行が少ない日曜日の早朝から測量士まがいのことをしていて、気がついたら4時間が経っていた。

 そろそろ集中力が切れそうになった僕の提案に、姉は僕の弁護士費用を出さないことを条件に好きな物を奢ると言った。


 こんな時間にこんな場所にいる幸運を腹の虫に感謝して、僕はこの近くに昔からある名店のウナギを提案して全員の賛同を得、姉は、早朝から門前を騒がさせて頂いたお礼にと、菓子折を消防署に届けたのち、完璧に修復されたアクアのハンドルを握った。

 多くの女性がするこういった気遣いに僕はとても感心し尚且つ尊敬する。

 

 ただし姉は、ほとんどの人達が最初の挨拶の時に品物を渡すのと違い、最初に口頭で断りを入れ、終わりに品物を渡して礼をする。


 それが姉の流儀なので、その方が物で釣った感じがしなくていいのかな。と僕は思っていたが、緋糸によると、姉の思惑は違うらしい。

「ママの考えはね。(緋糸は中学生の時までママと言っていたので自分の時代背景によって呼び方を変える)最後まで自分に協力してくれた人にご褒美としてあげるんだって」

「そうなのか」僕はそれを聞いた当時、『ご褒美』という感覚に戸惑った。

「だってね、始めにお礼渡して途中で文句とか言われたら(あげたのが)勿体ないでしょ。何か(文句を)言った人にはあげないで、他のときの為にとっておくの」


 それでいつも日持ちのする菓子箱が置いてあるのか。と謎が解けた気がしたものだった。

 ところでBのプロファイルだが、平成十五年にできた個人情報の保護に関する法律(法律第五十七号)によって、僕達はBが、彼女に関することの何一つにもアクセスする事ができなくなっている。(『個人情報とは生存する個人に関する情報』と定義されているからね)死人にする訳にもいかないし。

 

 だが今までの遣り取りで、氏名、生年月日、住所、勤務先は解っている。他の必要なことは仮説を立てて埋め込んでいけば良い。そのやり方で、これまで多くのケースが解決出来ている。


 では考えてみよう。Bは何故こんな噓をついてまで過失割合にこだわるのか。


 その前に、姉が主張する事故現場だが、Bは、なぜあんな場所で車線変更したのか。(勿論、姉の主張が100パーセント正しいとしてだ)

 有り得ない。

 だからこそJ弁護士は我々の主張に反論できたし、裁判官はBが渋滞を見て車線変更をしたという仮説を立ててそれを、あの場所では無理だと自ら否定した。


 僕は事故発生時、姉が腹を立てた原因の、いつまで待ってもBが車から出てこないという言葉が気になっていた。


 5分も車の中にいたという。その事をBに言ったら車の保険証を捜していたと答えたようだが、姉がフロントガラスから覘いたらスマホを弄っていたという。

 

 そこで僕は、Bは運転中にスマホを操作していて、ハンドルを切り損なったのではないか。という仮説を立てた。


 そしてもう一つある。

 J弁護士が言った『争点が明確にならないうちにBさんは勤務先に事故報告書を提出している』としてBに証言させた報告内容だ。


 これは準備書面にも記載されているし、証言としても記録されているが、たいした内容では無い。

『接触事故を起こした。自分の後方確認が充分ではなかったからで、自分の方が悪い。 飲酒運転、25キロ以上のスピード違反などの悪質違反では無い』

 そんな内容だ。

 J弁護士はこの内容を強調して、Bは自分に不利な内容を裁判の前から報告しているから正直だ。だから事故態様はBの主張が正しい。としている。


 だが何故勤務先に事故報告を提出した? 免停とか拘束されるような違反ならともかく、普通そんなことはしない。


 それは彼女の勤務先が国の機関である省の共済組合だからだ。

 公務員は身分が保障されている。そのため懲戒免職にするような重大な事故であれば審査する必要がある。

 だから事故を起こしたときや、検挙された場合に報告義務を科している機関が殆どで、共済組合もこれに準拠する。

 因みに義兄は国家公務員だ。

 仮にだが、若し彼が飲酒運転で検挙された場合、報道機関に漏れてなければ、直ちに自ら退職することになる。これは責任を取るというより、退職金が貰えるかどうかという意味合いが強い。『若し』が連なり恐縮だが、若し報道機関に漏れていれば懲戒免職になる可能性が高く、その場合退職金はない。

 

 繋がった。

『運転中にスマホを操作していて、一般人の車に当てました』なんて報告書が書ける訳が無いのだ。

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