第37話 控訴理由書 3

 疑問③ Y君 : 「B達が主張している事故現場は消防署の事務所前辺りです。これはBの説明によって警察官が、物件事故報告書に書いた図面がそうなっているからで、B達にとってはこの報告書が全ての主張の根拠です。裁判官も、この概略図から判決文を作成しています。

 しかし、この報告書の図は元々は事故があったという事実を証明して保険金の請求などに使うために、概念的に描かれているものですから、我々が今作った図とは細部が違っています。が、それは取り敢えず置いておいて、事故の発生場所が消防署の事務所辺りになっていることと、4台の車列がことが大事です。多分、と言うと先輩に怒られますが、Bは警官に事故の状況説明をしたときにはまだ車列があったという噓を思いついていなかったのではないでしょうか。Bはとにかく右車線から左車線に移る理由が欲しかった。それで後から右車線の渋滞を思いついて、保険屋さんに説明するまでの時間が、連絡が取れなかった3日間だとすれば納得出来ます」


「それはさ、Bが言うなら納得はできるけど、お前が言うなら証拠がいるよ」


「先輩。ここからなんですよ。ここが、事故現場で彼女らの主張の車列の最後尾になるわけですよね。お兄さんが割り出した位置とはだいぶ違っています」


「本当だわ。事務所前に立って回れ右すると、殆どUターン場所の端が目の前だわ」

 

「ではこの事故現場から東に向かって22メートルの車列を伸ばしてみましょう。Uターン場所の幅は14.2メートルでしたよね」

「そうだわ。ここが車列の最後尾だとすると、先頭車両はUターン場所の幅より、7.8メートルも分離帯にかかってしまうから右折ができないことになる」


「うん。いいね。事故現場がB達の主張通りだとすれば先頭車が右折出来ないことになる。先頭車を右折出来る場所に置けば、車列最後尾は西に下がるから、Bが車列を発見した場所では、B車は止まりきれずに追突することになるし事故現場が主張とは違うことになる。Y君と兄さんの疑問を組み合わせれば車列の存在が否定出来る」


「あきれた。よくもこんな出鱈目な事言って、それで私が漫然と運転していたから過失があるなんて。あーっもう腹が立つ」


「反論はないな。で、次は僕だが、僕は姉の前を走っていたという軽トラについて、これがまったく無視されていることを問題視しようと思う。そのためには実際に存在していたという証拠が必要だけど、姉さんはこの軽トラの車番を覚えてるんだよね」

「覚えてるわよ。ときどき同じ時間に見かける車だし、あの時は10分以上私の前を走っていたし、速度もいつもの私と同じだったし希望ナンバーだったから、なんの意味だろうとか考えていて、自然に覚えてしまったの」

「オッケーだ。この軽トラが約30メートル前を走っていた。ところがBは後方確認をしたとき、白かシルバーの車を遠くに見ているのに、軽トラは見ていないんだ。このワケは誰か説明出来るか」

 緋糸が手を上げた。

「軽トラが通り過ぎたすぐ後でバックミラーを見たの」

「だったらお母さんの車とは30メートルの距離だぞ。2秒にもならない隙間だ。色の見分けがつかなかったのはいいとしても、そんな隙間に飛び込めないだろ」

「飛び込んできたから事故になったのよ」

 そうなんだよね。それJ先生も気がついて言ってるんだよ。だから僕も、「Bが有り得ない事をやったから事故になった」と言い返した(書き返した)のだけど。

 それが立証出来れば、未必の故意は確実だ。

「緋糸の言うことはわかった。ただ確定する証拠が無い」

「先輩の答えは……」  

「軽トラはいなかったんだ」

「いたわよ」

「Bの頭の中にだよ。想像で作った状況なんだから、実際に走ってる他の車のことなんか思いつかなかったのさ。W先生も30メートルという軽トラとの距離を過大に考えて前を走る車とは考えてない。ところが実際にこの軽トラが前を走っていたとなると、B達が言っている状況が作れなくなる。その状況でBがぶつけるなら姉さんの車じゃなくて軽トラの筈だ。だけどJ先生だけは途中で気がついたようだ」


「そういえば書面の始めの方に、車線変更する車が後に居れば気がつくはずだから、回避義務がある。と書いてますよね」

「そう。それに対して、後方からの接近に気がつくのは困難。もし気がついたにしても左は歩道の縁石があり、後にも他の車がいるので回避する場所は無かった。と書いた途端に回避義務にふれなくなった」

 これでUターン場所で4台の車が渋滞していた事実はないことを証明できることになった。


「さて。それでは次は、なぜBがこんなに頑なに過失割合に固執するのかを分析して、裁判に至った原因とも言うべきものを控訴理由書の背景として上げたい。俺達の法律事務所では、まず相手のプロファイルを作って攻略法を考えるんだけど……でもその前に飯を食わないか」

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