第35話 控訴理由書 1
控訴理由書の書き方で、一番考慮するべきは、控訴審は恨みや不平を述べる場所では無い。という事。
勿論、恨みや不平があるから裁判になっているわけです。それは紛れもない事実。
でもそれは1審の時に言い尽くしました……よね? ね?
だから、そんなことを書くのは勿体ない。とにかくこれは一発逆転のラストチャンスなのだから、慎重に書く必要がある。
では、来る日も来る日も、日に何件も不平を聞く裁判官はどうでしょう。彼らは聞き飽きています。彼らが僕に、或いはAやBに何かを訊き返し、質問したとしても、それは決してより深く心情を把握したいからではありません。ただ我々の発音が悪くて聞き取れなかっただけだと思って下さい。
例えば僕は控訴状に、Aが漫然と運転していたとして、判決の過失割合に影響したことを不満であるとする控訴状を書きました。
本当は、証拠もねえのに想像で物言うんじゃねえよ、とか、Aがどれだけ法令を遵守して日頃から生活していると思ってんだ。なのにこんな目にあっているんだぞ。とか、バカとかカボチャとか……言いたいことがあるとしても、書くべきは過失割合についてまで。これ以上の事を書いてはいけません。
理由は無駄に文章が長くなるから。という「へっ!?」という理由です。
(だって不平や不満なんて愚痴だから、誰も聞いちゃいないんだから)
そして二番目に考慮することは、極力短い文で構成すること。
控訴審は一発勝負。だからこそ何でもかんでも詰め込みたくなります。
ですが、いっぱい言えば裁判官が同情してくれるだろうとか、窮状を察してくれるだろうとか、そんな甘いことを思ってはいけません。
法の世界にそんな砂糖や蜜のようなものは一切れも落ちていないのです。
皆さんも、折角書いた何ページにも及ぶエピソードでも、読み返して冗長だとか中だるみするとか感じたら、潔く消去しますよね。ね?」
だからインパクトのある上手なキャッチを連ねて頭に染みこませるような、読み続けたくなるようなやり方が重要です。(書くだけ、言うだけだと簡単ですけどね)
三番目が 裁判官に解りやすい文である事。
小説の書き方にも通じる部分がありますね。
但し、期待をさせたり、ワクワクさせたり、謎かけしたり、そんな面倒なことをしてはいけません。彼らには時間が無い。だからストレートに。そのほうが理解されやすいときもあるのです。
それから、専門知識を羅列して知識をひけらかす依頼者がいますが、そんなこともしてはだめです。裁判官や弁護士とか、検事ときどき小説家は、驚くほど理系の専門知識がありませんが、それを説明すれば感心してくれると思ったら大間違い。そんなことは専門家に任せれば良いのです。まあ、わかっている準備書面担当者は、ハナからそんなこと無視して書きませんが。
さて、僕の友人で後輩のY君。
彼には訴状から、原告被告の準備書面と、証拠となる甲乙の各号証を含み、判決までの膨大な量を読み通して貰いました。
そうすると、初見の者にだけ裁判の流れが急に変わるところがあることに気がつくのです。
彼は僕が以前勤めていた弁護士事務所で、今もアルバイトをしている大学の後輩です。
本来、法科大学院に進みそのままでおれば司法試験の受験資格が得られるところ、敢えて予備試験で受験資格を得て最短で法曹界を目指そうとしている質実剛健の秀才で、事務所時代の僕を慕ってくれてました。
その彼の通読後の感想第一声です。
「被告のBさんって、美人?」
つづく
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