第34話 控 訴 状 

 裁判のシステムについて、近年だいぶ理解されるようになりましたが、それでも一般的には誤解されている部分というものはあるようです。


 大きくは三審制について。それから裁判官はすべてが正義の味方であるという妄想。弁護士って、頼めばできるだけのことはしてくれるんだろ。とかいうところでしょうか。


  三審制について中学では、一つの事件について3回まで裁判を受仕組みのこと。と教えています。

 1審から2審を控訴。2審から3審を上告といい、1審の地裁判決に不満があるものは高等裁判所へ控訴する。2回目の判決に不満が或る者は最高裁判所に上告することになると教えられます。このとき学校で大事なのはシステムより控訴、上告という言葉なのですね。このワード試験に出ます。


 でも、この説明では不十分なだけではなく、違う解釈をする事になります。この文読んだ人のなかにも、あれ? と思われた人居ると思いますが、控訴が必ず高等裁判所で行われるという意味ではありません。

 判決に不満がある者は誰でも最高裁で裁いて貰えるワケではありませんし、必ず三回裁判をして貰えるワケでもないのです。『棄却』ってのがありますから。


 そもそも、最高裁はしょうも無い市井の揉め事を扱いません。問題があると判断したものは「差し戻し審」として、扱うのは憲法の解釈に問題がある事案とか、国家予算に影響を与える程の金額の事案とか、過去に判例として存在しないような、高度な解釈が必要であって、今後も発生が予想される事案などですから、幾ら当人にとっては重大事であっても、140万円以下の揉め事が扱われることはありません。それら市井の(民事の)揉め事は殆どが2審で結審するというのが実情です。


 では、交通事故の裁判でどれ位の割合で控訴審に進む人が居るのでしょうか。

 当然ケースバイケースで正確な数字を見つけることはできませんでしたが、ほぼ1割に満たないと言われています。


 そりゃあ1審で2年も遣り取りしてウンザリしたあとで、またやるぞって、結構根性が要りますからね。

 その中で控訴審によって1審判決を覆した例は、判例集の中でも指で数えられる程しかありません。と言うよりここは、『保険屋さんが、無いって言うけど以外にあるじゃん」という感じに近いかも知れません。


 その訳は、控訴審の新しい裁判官はまず1審の判決に沿って事件を読み進めていき、判決の不合理なところはないか探すという方法を採るからです。


 次に控訴理由書によって、見落とした点、齟齬を来している場所の検討をして、被告の準備書面を読んでから、訓練中の判事補が起草した判決文を二人の裁判官で検討したのち、判決をするという短期決戦で、当事者は望まなければ裁判長の顔を見る暇も無く結審しますから、余程のことがないと1審が覆されることはないのです。


 控訴審とはそういうものだという前提のもと、正しい弁護士はそのことを詳しく説明し、正しくない弁護士は「どうします-」とか言って責任を丸投げします。

 もっと正しい弁護士は判決を分析して勝率を算出しますし、もっと正しくない弁護士は、弁護士費用を稼ぐために「権利だからやりましょう。負けて元々なんだしー」とかいって焚きつけたりします。


 姉が依頼した弁護士は保険会社の契約弁護士で、他にも高額な報酬の案件を抱えているらしく、本件についてはまったく熱心ではありませんでしたから、事務的な手続きだけをお願いして、僕のやりたいようにやらせて貰うという事で話し合いがつきました。


 そんなわけで、姉Aを控訴人として控訴手続きとW先生にはW先生としての控訴理由書を書いて貰い、僕は控訴人Aとしての控訴理由書を作成、提出します。(控訴理由書の提出は弁護士の他に、当然控訴人が提出しても良いわけですからね。


 簡易裁判所の判決を不服とする控訴事件は地方裁判所で扱われ、三人の裁判官による合議審ですが、前にも書いたとおり、裁判官は多忙です

 中央に座る裁判長はいちばん後から来て殆ど何も喋らず、一番先に退出されます。


 ですから判決を起案する裁判官は、殆どが左陪席(裁判長から見て)の経験年数の5年未満の判事補が、将来判事になったときのための訓練として作成します。

 当然判事補として無難なのは、「1審判決に何の問題もない」として起草することなんでしょうね。※知らんけど。

 (スイマセン。星都ハナスさんのフレーズ※無断でお借りしました)

 ただし、なんにでも例外というものはありまして判事に昇進間近の判事補は、ちょっと自分をアピールしたりもするようですが。

 

 取り敢えず、Bの陣営に控訴審やるぞ、という宣戦布告です。こっちが怒ってんのは銭金の問題じゃねえんだよ。という姿勢が大事です。

と言うことで、先ずは2週間以内と期間が定められている控訴状を提出します。

 控訴状は定型用紙が有るわけでは無いのですが、だいたい下のような書き方をします。




      控 訴 状

            年 月 日

〇〇裁判所 御中

             弁護士〇〇

事件名 損害賠償請求控訴事件


当事者 控訴人   A

    被控訴人  B


                記

 上記当事者間の(ろ)第○○号損害請求事件について、平成〇〇年〇月〇日言い渡された判決は、全部不服であるから控訴する。


               原判決の表示


1 被告は原告に〇〇を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。


                 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。

2 損害賠償費用は全てを被控訴人の負担とする。

3 訴訟費用は、第一審、第二審とも被控訴人の負担とする。

 との判決を求める。


                 控訴の理由


 原判決は事故の発生場所を実際にはあり得ない場所に設定した被控訴人の証言を事実として認定しているから、判決自体が誤りである。

 また、控訴人が漫然と運転していたと判決理由に述べられ、過失有りとされているが、漫然と運転していたという事実の存在はなく、裁判所の憶測である。当人は順法精神を以て前方を走行する軽トラックの後方30メートルを走行していたが、誤った事故現場を認定したために、軽トラックの存在を無視した判決がされた。

 これらについておって、控訴理由書を提出する。       

                            以上


 言葉としてはだいぶキツい言い方になっていますが、法律を扱うので基本の文体はである調です。曖昧語とか、複数解釈ができる文言を使用すると、その時点でアウト。以後は読んでもらえません。『支払』なんて言ってると『嫌だ』のひと言で終了です。


 さて、それはともかく、僕は僕が勤めていた法律事務所の友人に頼んで、双方の準備書面を最初から目を通して貰うことから始めました。

 そうすることで1審の裁判官が持ったイメージを、2審の裁判官と共有出来ると考えたのです。

 

  つづく

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