第33話 1審判決
そう言えば(って、誰も何も言ってはいないのですが)口頭弁論の時、裁判官がBに、「ウインカーを出してハンドルを切ってから接触の衝撃を受けるまで、何秒ぐらいありましたか」と訊いていました。
確か「10秒ぐらい」と答えたのをメモった記憶がありますので、反訳書を見直してみると確かにそう言っています。
裁判官は無言で右手の指を開きまた閉じて、こんな感じ? というようにBの顔を見ます。Bは、そうですね。というように頷きました。
そのとき、10秒は長すぎるのではないかと思い、当然質問者の方からも、何らかの指摘があるものと考えていたところ、裁判官の「分かりました。終わった」という言葉で反訳書が終わっています。
このとき僕は『負けた』ことを意識したのだと思います。
(ところで――このたぐいの文では通常裁判官をJ。検察官をP。弁護士をBと記号化するところなのですが、僕が最初に当事者達をイニシャルで表記してしまいましたので、重複を避けるため、このまま最後までイニシャルで書かせて頂きます)
つまり、裁判官の脳内で、まだ本件について審議中であれば、ハンドルを切り始めてから10秒数えた車の位置は、車線変更を完了し加速が始まっていて事故にならないことに気がつくはずでした。
回答者Bは、状況自体、自分が作った
おそらくですがBは、AがBを避けきれないほどの速度で急に飛び出したのではない。ということを示したかったのでしょう。
しかし、裁判官はその馬鹿げた長い秒数に対する質問をしませんでした。
それはこの10秒が真理を模索するためではなく、文章を作成するために使われていたからに他なりません。
すでに判決文はこのとき完成していたのでしょう。裁判官にとってこの口頭弁論は自分の書いた筋書きを補強するためでしかなかったのです。
あとでまた書きますが、このような裁判官一人が抱える事件の数は、都市にもよりますが年平均250件程度あります。
判事補に任官した後、10年で判事になると、年収が1000万円を超え、順当に裁判を処理した判事は異動して「4号」の1700万円を目指します。
ここに到達してからが裁判官の出世競争の始まりになりますが、実はこの「4号」の上の「3号」は、とてつもなく高い壁で、上司の引きとともに「3号」になるための査定に大きく影響するのが、司法試験の成績、司法修習生の成績と、これまでの処理能力で評価されるというわけですから、とにかく裁判官は処理件数をこなしたくなるという一面から逃れられません。
例えば大学は凡大だけど、司法試験の成績は上々。修習生時代も平均以上で頑張ったから、判事補の席にはなんなく着けた。だが、裁判の処理件数が少ないために「判事4号俸」のまま据え置かれ、裁判長にもなれず、同期や後輩の陪席を務めて定年を迎える判事は結構多いのです。
さて、
判決文は以下の内容で書かれていました。
判 決
原 告 A
被 告 B
主 文
1 被告は、原告に対して16万3680円及びこれに対する支払済みまで、年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、その5分の1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第1 訴訟による「請求額」
第2 「事案の概要」原告と、被告の過失の割合。
第3 当裁判所の判断として、それぞれが出した主張に対する証拠とその解釈。
この中でAの主張が受け入られなかったのは、次の2点。
1 事故の発生場所。
2 車の傷跡により後方から前方にむけての擦り傷であり追突されたことは明らか。という主張。
(接触事故は瞬時に接触面が前後する場合があり、本件の場合、傷ではどちらが後で先だったのかの断定は出来ない。とされた。また、B車のサイドミラー筐体部にはA車の黒い樹脂が印象されているものの、A車のサイドミラーには黒く印象された部分が無い)
(当たり前だ。Bの車に黒い樹脂が使われてなければ、黒い傷跡などつくはずが無い)
したがって、事故の発生場所はBが主張する、Uターン場所の切り込みが始まる辺りとするのが妥当である。
以上からすれば、本件事故の態様は原告車両が第1車線を走行中のところ、第2車線を走行する被告車両が、自車前方のUターン箇所に停車中の車両を避けるため、第1車線に進路変更し、原告車両と被告車両が衝突したものと認められる。
過失割合について
(1) 被告は、進路変更をする場合、その進路と同一の進路を、後方から進行してくる車両等の速度、または方向を急に変更させることとなる恐れがあるときは進路を変更してはならない(道路交通法26条の2第2項)にもかかわらず、これを怠り、後方の安全に充分注意することなく、進路変更した過失が認められる。
(2) 他方、原告は道路を通行するにあたり、他人に危害を及ぼさない速度と方法で運転しなければならない(道交法70条)にも関わらず、漫然と運転した過失が認められる。 原告は前方に車があったのであるから、周囲の状況をよく見ていれば第2車線から第1車線に車線変更する車がいることは十分に予見することができたというべきである。よってAに過失無しとすることはできない。
以上によればAには2割の責任を、被告Bには8割の責任を、それぞれ認めるのが相当である。
よって主文の通り判決する。
以上
これが概略の判決文でした。
姉は落ち込んでいます。
あまりなんとも思っていないW弁護士は、「控訴審どうしますか」と聞いてきました。控訴審は一つ上の上級裁判所に2週間以内に、1審の裁判所を通して行います。
義兄(姉の旦那)は、「もういいんじゃない。保険屋さんに聞いても、双方が動いていた場合、10対0は聞いたことが無いし8割対2割なら妥当だって言ってるし。それに言いたいことは法廷で言ったんだろ」という立場。
「ヨウちゃん、どう思う」
「普通で言えば、相手は7対3を主張していたから、8対2はこちららの勝利だけど、こちらは10対0を主張していたから敗北感があるわけだよね。それでW先生何て言ってるの? よそのやり方に口挟みたくは無いけどさ。俺達は判決のここがおかしいからここを争えば勝率はどれぐらい。という数値を出してから控訴するかどうかを打診するぜ」
「そういうのは何も無いけど、でもぶっつけられた私が20パーセント悪いって事に納得がいかない」
「俺もだ。じゃあ今度は俺に全部任せてくれるか。取り敢えずW先生には2週間以内に控訴の手続きをして貰っておいて、W先生と平行して姉さん名義の控訴理由書を俺が作る」
と言うことで、次は控訴審へと移行が決定しました。
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